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農文協トップ主張 2009年9月号

「農家発 グリーン・ニューディール」で地域の再生

目次
◆“緊急雇用対策”を超え“地域雇用”の創造へ
◆直売所の雇用創造力
◆直売所が、就農希望の若者を受け入れる
◆「直売所農法」「直売農法」で収入確保
◆耕作放棄地の再生、雇用の再生、地域の再生という希望

“緊急雇用対策”を超え“地域雇用”の創造へ

 いまから2年前の2007年7月25日、「日本農業新聞」に下記のような土居丈朗氏(慶應義塾大学准教授・国土審議会専門委員)の発言が掲載された。

「なぜ、これほど東京に人口が一極集中したのか。それは1990年代初めのバブル崩壊後、国内の金融がズタズタになった時、農業で景気を回復させようという動きが出てこなかったことが一因になっている。国は短期的に公共事業で打開しようとしたが、徒労に終わった。そんな中、長期的な戦略をたて、グローバル化で乗り切ったのがトヨタなどの自動車メーカーだ。農業も早くから手を打っていれば、今ごろトヨタのように強い産業になれたかもしれない。では、過疎や高齢化で疲弊する地方は、どう再生すればよいのか。国内の総人口が減る中では、今の集落すべてを守ることは無理だ。生き残るためには、町から遠く離れた地に住むのをやめ、町の周辺にまとまって居住するべきだ。住み慣れた集落に住み続けたい気持ちは分かるが、勤め人なら転勤もある。農村だけが悲惨なわけではない」(連載「田園立国第3部 対論 地方のあした(3)地域再生」)

 さて、「長期的な戦略をたて、グローバル化で乗り切った」はずの自動車産業は、いま、どうなっているか。

 昨年秋の世界金融危機、グローバリズムの破綻以降、おもにアメリカ市場での販売不振に対応するため、愛知県内の自動車産業では、生産休業手当の一部を国が負担する「雇用調整助成金」を申請する動きが広がった。自動車や関連産業が集中する同県では、助成対象者が昨年12月時点で約1万人だったが、今年1月末には6万人へと急増している。一方、6月末発表の厚生労働省調査によると、昨年10月から契約を打ち切られて解雇されたり、期間満了とともに仕事を失ったりする非正規雇用の労働者は全国で22万3243人に上るという(6月18日時点)。その都道府県別の内訳は、愛知県3万7059人、長野県1万46人、静岡県9263人、三重県8653人などとなっており、「グローバル化」で成功し、「ひとり勝ち」などといわれた自動車や電機などの輸出産業の生産拠点のある地域で失職する非正規雇用労働者が急増している。

 こうした雇用状況悪化のなか、政府は15兆円の補正予算を組み、農林水産省の「農」の雇用事業(39億円)、緑の雇用対策(50億円)、厚生労働省の緊急雇用創出事業(4500億円)、ふるさと雇用再生特別交付金(2500億円)など、地域雇用の創造や農林業への人材移転をめざす「日本版グリーン・ニューディール」をすすめようとしている。

 こうした“緊急”雇用対策が、派遣切りや雇い止め、内定取り消しなどによって大量の失業者を生み出した企業側の責任を問うこともなく、場当たり的・緊急避難的に、失業者を「雇用の安全弁」としての地域や農林漁業に移し変えようという、安直で古典的な政策意図からなされている点は強く批判しなければならない。だが、農山村の現場では、そうした政策意図を突き抜けて、また“緊急”ではなく90年代以降の活動の延長上に、これらの事業を利活用する動きが現れている。

 農文協では、そうした動きをとらえ、『増刊現代農業』8月号「農家発 若者発 グリーン・ニューディール――地域雇用創造の実践と提案」を発行した。そこには、地域雇用の創造を、グローバリズムに翻弄されない新しい農業、地域、生き方の創造と結びつける、斬新で力強い「農家発」「若者発」の活動が満載されている。

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直売所の雇用創造力

 信州大学農学部教授の加藤光一氏は、同誌の「直売所の雇用創造力 小さな農家からの改革の現実と可能性」で、長野県伊那市の直売所「グリーンファーム」での地域雇用創造の動きについて以下のように述べている。

 伊那市には、電気器械製造業、情報通信機械機器製造、電子部品・デバイス製造、そして自動車関連部品製造などの工場が多い。これを反映して、伊那公共職業安定所管内での有効求人倍率は、かつては全国水準、長野県平均よりかなり高い水準で推移し、1.5前後だったという。ところが世界金融危機が直撃し、2008年11月0.87、12月0.69、2009年1月0.49、2月0.40、3月0.37、4月0.31と急激に悪化して、統計を開始した1973年度以降で最低となっている。

 そうしたなか、今年になって、グリーンファームへ求職活動に来る人が増え、1月以降に男性11名、女性9名を採用したという(定着希望者は8名で、残りは6月いっぱいで終了)。男性11名のうち、68歳と43歳以外はすべて30歳代。前職は、電機関係、自動車関連および建設土木関係の派遣社員であった人が多い。女性9名のうち3名以外はすべて30歳代で、伊那の電機、自動車関連の派遣社員だった。また、自動車関連会社N社(トヨタ、ホンダの部品サプライヤー)に沖縄から来ていた派遣社員20名が年末に解雇され、まとめてグリーンファームで雇ってくれないかという相談もあったという。

 派遣会社のほとんどは愛知県の会社で、伊那にあるのはその事業所だという。そこでは、まず外国人派遣労働者が、つぎに日本人派遣労働者が切られ、さらに正社員労働者のワークシェアリングという名目で賃金カットがすすみつつある。そのために職安には外国人労働者の失業者や30歳代の非正規雇用の失業者があふれた。正社員でも、たとえばアジア各地に進出している電機関連部品会社F社では、三勤四休(1週間に3日出勤し、4日休暇)を実施しており、50名以下の事業所では全休状態のところも出ているという。

 そうした状況下、グリーンファームは可能なかぎり、雇用を受け入れている。それだけでなく、農水省の「田舎で働き隊!(農村活性化人材育成派遣支援モデル事業)」(事業申請者は東京のNPO法人ワーカーズコープと農都共生全国協議会)の受け皿になり、3人の研修生を引き受けた。

 グリーンファームの設立は1994年。行政やJAとのかかわりもなく、当時としては異色の「民間主導」=農家発の直売所である。立地は市街地から3キロ離れ、急勾配の長い段丘の坂を登らなければならない、耕作放棄になりかけた土地だ。周辺に畜舎は見えても人家は見えず、当初は「こんなところにお客が来るものか」と大手スーパーの専門家に断言されたという。

 しかし、そんな予想に反して開店以来客足は順調に伸び、年間来客者は58万人。当初の60人の生産者では間に合わず、入会金・会費などは不要とし、出荷時間の制限も一切なくすなどして登録生産者はいまや1600人! 農家に加えて「遊休農地で100坪100万円農業」の定年帰農や若者の会員も続々生まれている(応募者は伊那市内と周辺地域から8組、県内他市町村から5組、県外から6組〈本誌2008年8月号〉。15組が参加し、うち4組が今年は30アール以上の農地で耕作に挑戦)。畑をぜんぜん持っていなくても「葉っぱビジネス」で野山のコシアブラやアズキッパ(ナンテンハギ)、ヨモギを出荷する会員さえいる(本誌同年7月号)。冒頭に引用した土居氏発言の「町から遠く離れた地に住むのをやめ」るどころか、町から遠く離れた地に農家がつくった直売所が若者や高齢者の仕事と生きる力をもたらし、人を呼び込んでいるのだ。

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直売所が、就農希望の若者を受け入れる

 グリーンファーム代表の小林さんは、土居氏発言と同じ2007年に、つぎのように述べていた。

「農産物の直売所が増え、競争と淘汰の時代だといわれるが、まだまだ農産物の全消費量からみれば直売所での取扱量はほんのわずかにすぎない。産直間の競争は切磋琢磨を誘発し工夫を凝らしながら地産地消を推しすすめ、やがて国産国消で自給率を高める新しい日本の農業の守り手としての役割を果たさなければならない。主流にはなりえない産直関連事業が中山間地域の農業や農村文化の守り手として大きな役割を果たしている。ここに、農産物直売所にかかわる私のひそかな自負もある」(「『農家の力』を総合的に引き出して地域農業活性化を目指す農産物直売所」――農文協『食品加工総覧』第一巻・追録四号より)

 小林さんが述べているように、「まだまだ農産物の全消費量からみれば直売所での取扱量はほんのわずかにすぎない」。だから直売所は増え続けていて、『農家発 若者発 グリーン・ニューディール』には、誕生してまだ間もない直売所での若者受け入れの例も掲載されている。

 千葉県茂原市の直売所「旬の里ねぎぼうず」は2005年の設立で組合員は130人。店舗部の実面積は24坪で最近の直売所としては小ぶりだが、初年度の売り上げは1億1100万円、年間来客数は10万8000人。07年度と08年度は続けて2億円を超え、客数も18万人に上った。静岡県出身で、「かねてから農業をしたい」と思っていた鈴木ひろみさんとパートナーの智己さんは、08年3月にそれまで勤めていた会社を退職し、千葉県の公共職業訓練の委託訓練に農業部門があることを知ってさっそく応募、ひろみさんは千葉県農業大学校で、智己さんは千葉大学園芸学部園芸別科でそれぞれ半年の農業研修を受けた。そして農業大学校での研修の講師であった加藤やえ子さんの誘いで「ねぎぼうず」の組合員となり、この4月から40アールの露地畑と約100坪のハウスを耕作し、「ねぎぼうず」に出荷している。農業改良普及員だった加藤さん自身も「ねぎぼうず」に出荷する組合員だったのだ。

 借りている畑は、「ねぎぼうず」組合長の中村幸男さんが、規模縮小で耕作のめどがたっていない農地が地域にあり、耕作できるように話をすすめてくれた。ハウスのほうは、県のアグリチャレンジファームという制度を利用し、普及員OBの指導つきで年間9万8700円の「研修費」を支払って耕作している。

 ひろみさんはこう述べている。

「茂原市全体で田畑合わせて60町歩を超える遊休農地があるという。今後『ねぎぼうず』の規模拡大を考えていけば出荷量の増加が必要になるし、後継者不足という問題も重なり、新規就農をめざす私たちにチャレンジの機会を与えてもらえることとなった」

 まだまだ伸びるだろう直売所の需要が、遊休地活用にも、就農希望の若者受け入れにもつながるのだ。

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「直売所農法」「直売農法」で収入確保

 ひろみさんはこうも述べている。

「農業の担い手不足が叫ばれて久しいが、都市の人の農業への関心の高まりも叫ばれて久しい。就農相談会等に足を運んでも、いつも大にぎわいである。けれど、そこで決まって説明されるのは『資金はあるのか』『作目はなにか』ということが最初で、また『営農計画書』なるものが作成できなければ話は始まらない。これは既存の農業経営をなぞっただけのもので、そのような農業経営が成り立つかどうかが不透明だからこそ担い手不足が生じているにもかかわらず、新規就農者を迎える壁に変化は見えない」

 その「既存の農業経営をなぞっただけ」ではない農業のやり方を実現しているのも直売所だ。本誌先月号の特集「ザ・直売所農法」には「密植」「混植」「葉かき・わき芽収穫」「ずらし」の4種類の「直売所農法」が紹介されている。

(1)直売所農家は、市場の「規格」から自由になれる→だったら、ウネ間、株間も自在でいい→そして、お客さんは意外と小さいものが好き→だったら、たくさんとれる密植がおもしろい

(2)直売所農家は、多品目栽培になる→「畑一面同じ作物」というわけにはいかない→空間をムダにしない作付けや相性のいい作物など、混植技術が磨かれる

(3)直売所農家は、少しずつ長く売りたい→「株ごと収穫しちゃったら、それでおしまい」はおもしろくない→葉っぱやわき芽を次々とり続けると、作物はじつはかなり長生き

(4)直売所農家は、安売り競争には参加したくない→だから、他の人と違う時期に上手にずらして、早出し遅出し

『増刊現代農業』に「片品村だより」を連載している群馬県の桐山三智子さんも、混植の野菜がペンションなどへの直売(行商)の定番商品だ。横浜生まれで、渋谷のアクセサリーショップで働いていた桐山さんは、6年前から片品村に移り住み、耕作放棄地や後継者のいない農家の畑を借りて野菜をつくってきたが、2年前、長雨で夏野菜の生長が遅れ、レタスなどが腐ってしまい、行商の野菜の種類が増えずに困ってしまった。そんなとき、ベビーリーフの宣伝が目に留まる。「先にとっちゃえばいいんだ」と、レタス、サニーレタス、コスレタスなど3〜10種類の種を混ぜて10アールの畑にまき、「いーからかんサラダミックス」として売り出したところ、お客さんに大好評!(「いーからかん」は片品の方言で「いい加減」)。結球レタス一玉は500gで150円くらいだが、サラダミックスだと50gで100円。結球だと出荷まで2カ月半かかり、しかも一回きりだが、混植のリーフなら1カ月半で、しかも5月から12月中旬まで何度も収穫できる。こぼれ種の自家採種もするので、種代もかからない。サルやシカにやられる気配もない。いまでは収入の大きな柱になった。

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耕作放棄地の再生、雇用の再生、地域の再生という希望

 本誌「主張」で何度か紹介している戦前の地理学者・三澤勝衛は、地方の疲弊と財政破綻が深刻化した昭和恐慌期、国が推進した農村工業導入を軸とする「自力更生」運動に対し、風土を生かす「自然力更生」こそ根本にすえなければならないと訴えた。そして、満州やブラジルに行かなくても、風土を生かして土地を立体的に利用し、「風土産業」を発展させれば地方の疲弊は救えると説いた。上記の直売所・直売所農法も、いたずらに規模拡大するのではなく、いまある土地を時間的・空間的に生かす農法で、直売所は地方に年間1兆円を優に超える「風土産業」をおこしたと言える。総額約8兆2000億円の農業生産額からみても、もはや無視できない額である。

 1994年開設のグリーンファームのように、『農家発 若者発 グリーン・ニューディール』に掲載されている事例は、1990年代半ばに端を発するものが多い。

 その時代はどんな時代だったか。

 95年には食管法が廃止されるとともに、WTOが発足し、ミニマム・アクセス米の輸入が開始され、以降、米をはじめ農産物価格は下落につぐ下落を続けるようになる(94年の流行語大賞に「価格破壊」入賞)。これに対し、農村の、とりわけ女性・高齢者は、産直、朝市、直売所、グリーンツーリズム、定年帰農などの生活革命(産直革命、自給の社会化)で「食のダンピング」に対抗してきた。

 同じく95年に日経連(現経団連)は「新時代の日本的経営」「雇用のポートフォリオ」を発表し、その後派遣労働の自由化などで若者を代替可能な使い捨て労働力として扱うようになった(同じく九四年の流行語大賞に「就職氷河期」入賞)。

 しかし鈴木ひろみさんや桐山三智子さんのような若者たちは、従来の進路にしがみつくのではなく、生活革命をなしとげた農家に導かれ、農家とともに新しい進路を創造してきた。それは代替可能な労働力から地域の関係性のなかで「かけがえのない存在」に転換することであり、「労働のダンピング」を乗り越えることでもあった。

「農家発 グリーン・ニューディール」とは、直売所農法のように、限られた地域の自然に働きかけ働きかけられて、地域に生きていくこと、地域で生きていけることを、地域に生きてきた農家が若者に伝えていくことである。そこには耕作放棄地の再生、雇用の再生、そして地域の再生の希望も示されているのだ。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

 増刊現代農業2009年8月号

農家発若者発 グリーン・ニューディール
九〇年代農村生活革命と若者の進路創造/戦後開拓のむらに続々「戦後第二の入植」/若い夫婦の夢を育む直売所の包容力/おっちゃんたちの夢が若者の夢を実現させる/ほか。 [本を詳しく見る]

 グリーンライフ入門』佐藤誠 篠原徹 山崎光博 編著

足もとの宝(自然、物産、文化、景観等の地域資源)の発見・活用の視点・手法からグリーン・ツーリズム、市民農園、直売所等の企画・運営まで、初めて体系的・実践的に集大成。持続可能な暮らしと地域の在り方を提示。 [本を詳しく見る]

 現代農業 2009年08月号』農文協 編

ザ・直売所農法
形と大きさよりも味と日持ち 直売所には「本物の規格」がある/脱!斑点米カメムシ防除/パワー菌液「光合成細菌」の培養に夢中!/日焼け果を防げ/連続企画 夏の農家ドリンク/出身者にも一肌脱いでもらう ほか [本を詳しく見る]

 農産物直売所 発展のてびき』都市農山漁村交流活性化機構 編

消費者の心をつかみ成長を続ける直売所。地域内の直売所の増加や量販店のインショップ化で競争の時代に。現状分析を踏まえて、生き残りさらに発展させるノウハウを運営タイプ別にまとめる。成功事例も掲載。 [本を詳しく見る]

田舎の本屋さん 

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