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農文協トップ主張 2006年4月号

「集落営農」への話し合いを、むらづくりに活かす

目次
◆「担い手」を絞り込む農政改革は「縮小均衡」に帰結する
◆「集落営農」をどう考えるか
◆二階建て方式の集落営農
◆「個」を生かす、こんなやり方も
◆「地下一階」の価値を共有して自律的なむらづくりを

「担い手」を絞り込む農政改革は「縮小均衡」に帰結する

 日本農業、とりわけ水田営農が、本格的な転機を迎えている。農産物輸入の自由化・関税引き下げへの圧力が強まり、農村の高齢化が進むなかで、今、未曾有の農政改革がすすんでいる。

 主導する農水省は、「今後の日本の農業を背負って立つことができるような意欲と能力のある担い手が中心となる農業構造を確立することが“待ったなし”の課題」だとして、「これまでのような全ての農業者の方を一律的に対象として、個々の品目ごとに講じてきた施策を見直し、19年産からは、意欲と能力のある担い手に対象を限定し、その経営の安定を図る施策(品目横断的経営安定対策)に転換する」ことを打ち出した。(農水省発行『品目横断的経営安定対策とは?』平成18・1・23版より)

 関税の引き下げは避けられず、安い農産物が入ってくることを前提に、米も麦も大豆も、価格支持政策はやめて、市場原理の自由競争にゆだねる。その代わりに、絞りこんだ「担い手」だけに、「ゲタ」と「ナラシ」の対策を施す「直接所得補償方式」が19年産から実施される。

(「ゲタ」とは、「諸外国との生産条件格差を是正するための補てん」。対象作物は、麦・大豆・てん菜・澱原用ばれいしょ。「ナラシ」とは「収入の変動の影響を緩和するための補てん」。これは前出の作物のほか、米も対象となる)

 「担い手」の要件は、「認定農業者」(経営規模の基本原則は都府県四ha、北海道10ha)か、「一定の条件を備える集落営農」(基本原則は20ha)を行なう集団である。

 ただしこれではしばりがきついという現場からの要望もあって、条件不利な中山間地域には特例が設けられた。「認定農業者」の面積下限は、4haの64%=2.6ha。「集落営農」は、20haの50%=10ha(知事からの申請で国が特例基準を設定)。

 この農政改革は日本の農業をどこに導くのか。

 本誌で「地域営農」をテーマに47回にわたって連載いただいた楠本雅弘氏(山形大学農学部教授)は、「農業政策の対象となる『担い手経営体』数はきわめて少数に絞りこまれ、その経営体が農業生産のために耕作する農地面積は大幅に縮小するであろう。結果として農畜産物の国内生産は減少し、農畜産物の輸入はさらに増大する。ほぼ10年後には農政のねらい通りの農業像が実現するであろう」(『農村文化運動175号』楠本論文より)と述べ、この改革の進行過程で「大量の遊休農地(耕作放棄地)」が発生し、「結局のところ『縮小均衡』へ帰結することが容易に想像できる」と結論づけている。

「集落営農」をどう考えるか

 日本の農家は、オール兼業化のなかで「先祖から引き継いだ田んぼを、自分の代で荒らしては申し訳ない」という、経済の論理を超えた思いで、米を作り続けてきた。一年で10日も使わないのに、乗用車よりも高い農業機械を、兼業の収入を注ぎ込んで、採算度外視で買い換えてきた。だが、この田んぼへの思いも、米価がそこそこ高く、また兼業の給料が年々上がっているうちは、まだよかった。しかし、米価低迷のいまは機械の買い替えもままならない。

 そんななかで、経営感覚のある兼業農家は、機械の負担を軽くしようと、となり近所、気の合う仲間で機械を共同利用する「機械利用組合」をつくったりして、むらうちで助け合って何とか農地の荒廃を防いできた。米の販売も直販のルートを開発し、少しでも有利に販売できる道を探ってきた。しかし、それでも田んぼの耕作放棄は止まらない。耕作放棄地の面積は、平成17年で38万haにもなる(2005年農林業センサス)。そんな「危機」のなかでの「担い手選別政策」の進行である。

 担い手の絞りこみによる「縮小均衡」は、JAにとってもその経営基盤を失う「死活問題」である。JA全中が「多様かつ幅広い担い手の育成」を主張するのも当然のことである。地方の自治体行政にとっても、農政改革でさらなる「過疎化」が進んだのでは、むらの機能と活力が失われる危機が拡大する。

 そこで農水省は、「小規模な農家にも、兼業農家にも、高齢者の皆様にも、『担い手』となっていただく方策」として、「集落営農」を「担い手」に位置づけることにしたのである。

 とはいっても、「担い手」としての「集落営農」には、「満たすべき要件」として以下の五つのしばりが付いている。

 (1)農用地の利用集積目標を定めること(5年間に地域の農用地の3分の2以上を集積)。

 (2)組織の規約を作成すること。

 (3)組織の経理を一括して行なうこと。

 (4)主たる従事者の所得目標を定めること。

 (5)農業生産法人化計画(5年以内)を作成すること。

 つまり、ここでめざしているのは、従来の家族経営の助け合いとしての任意組織ではなく、あくまで効率的な規模拡大志向の経営体である。すぐには、大規模な企業的経営だけを担い手にできないので、「集落営農」という暫定措置を設けたとみることができる。

 要件つきの「集落営農」を前に、今、むらではさまざまな議論が起きている。「あずけた田んぼがもどってこないのではないか」という「小さい農家」の不安、「経営体にするといってもその力量があるのか。大型機械の維持、償却で結局赤字になり、農家に借金だけが残るのではないか」、さらには、「株式会社の農業参入の露払いになってしまうだけだ」という話まで、いろんな議論をしても、なかなか明るい展望がみえてこない。どう考えたらよいのだろう。

二階建て方式の集落営農

 ここで、最近よく使われる「担い手」について考えてみよう。担い手を後継者と置き換えると、農村には、農家の後継者、農業の後継者、むらの後継者の3つがある。都会にはない3つの引継ぎ、それぞれに担い手が育って農村の生産と暮らしは成り立っている。最近使われる「担い手」は、もっぱら農業の担い手の話だが、家やむらの力が弱まると、農業そのものもやりにくくなる。大規模な企業的農業をめざす農家も、農家である以上、家があり、むらに支えられている。地域自然を生かし、そこで定住して暮らすというありよう、そこからくる「しばり」が、農家・農村を成立させている。

 この、しばりをとっぱらい、機能的な組織だけをつくろうとしても、「集落営農」はうまくいかないだろう。

 「国からの交付金を目当てに、無理やり形式要件を整え、形ばかりの集落営農を立ち上げたところで、農業の崩壊、地域社会の衰退・消滅の危機を押し戻す力を引き出すことができるのだろうか。いま地域において最優先で取り組むべきは、私たちが安心して暮らせる元気でやさしい地域をつくることである」(平成17年12月号)

 こう指摘する、先に紹介した楠本氏は、「農家組合」など地域の合意組織で徹底した話し合いをすすめ、そこを一階部分として、地域の合意をもとにした「担い手組織(農業の実働部隊)」を二階部分として立ち上げる、「二階建て」の地域営農システムを提唱している。従来のむらのしくみを生かしながら、機能集団としての二階部分を立ち上げる。  

 二つほど、例を挙げよう。

 三重県いなべ市藤原町古田地区。農家45戸、水田面積20haの集落で、一階部分に農地利用の調整をする「古田農家組合」があり、二階部分の「実働部隊」は10年前に設立された有限会社の「藤原ファーム」だ。全面受託の田んぼが17ha。イネが10haで、そのうち2.5haがもち米。これをすべて和菓子の原料にして、直営の「和菓子屋・えぼし」で売る。「集落営農法人をつくっても、米や転作の麦を農協に出すだけでは田んぼは守っていけない」と始めた和菓子加工は、一番人気が地元のもち米と山のヨモギでつくった草餅。山の中に遊びにきた人が、買って帰りたくなるのは、素朴なホンモノの草餅だった。

 あわせて「えぼし」では農家が持ち込む野菜や加工品が売れて、藤原ファーム全体の売上げは1億円の目標に着実に近づいているという。集落営農法人が、加工で産物の付加価値を高め、むらとまちの人を結び、高齢化する農家の、生涯現役の元気を支えている。

 一階部分に支えられて二階部分が成立し、それが一階部分を構成している地域の農家を元気にする。

 「いつか、自分でつくりたいという人が田んぼを預ける農家のなかに出てきたら、すぐに返せるようなしくみでなくてはいかんのですわ。田んぼを預かる集落営農法人は、農業生産とは別なところでも稼げる経営でないと」

 こう話す藤原ファーム(特定農業法人)代表の近藤正治さん(70歳)。戦中戦後の食糧難の時代を知る近藤さんの二階部分の取り組みは、むらを守り、農地を守る取り組みなのである。(本誌今年3月号316頁)

 秋田県大館市立花地区の「立花ファーム」。一階部分の「立花地区営農集団組合」それに町内会の支えを受けて、100回を超える話し合いのもとに生まれた秋田県第一号の特定農業法人である。

 地域水田面積63.8haのうち70%、地域農家数53戸のうち42戸(80%)を組織しており、特栽米「こだわりあきたこまち」のほか、大豆とネギを栽培する。ここでは、古くからの地域特産の秋冬ネギを個別栽培から集団栽培に切替え、栽培の担い手だったかあちゃんたちの技と力を結集した。家でやっている時より楽しいと、かあちゃんたちは、元気がいい。

 にぎやかにネギの管理を進める中で生まれたアイデアが「秋のネギ祭り」。ネギ畑の一部を開放して、地域の人に掘り取りさせて直売する。袋五枚に詰め放題20キロで1100円という安さも受けて、毎年2日間で3000人も集まってくる。泥付き、根っこ付きで買い求められたネギは、各家で土に伏せこまれ、冬季の伝統食「きりたんぽ鍋」の欠かせぬ食材となる。地産地消の交流型農業が雪国にしっかりと根を下ろした。

 イネや大豆の機械作業はオペレータ(主体は定年帰農者)にまかせ、集約的な作物でむらの農業と家を守る。そんな取り組みも始まっている。(立花ファームの取り組みは、ビデオ「21世紀型地域営農シリーズ第2集第1巻」に収録されている)

「個」を生かす、こんなやり方も

 家もむらもそのありようは地域によってちがうのだから、「集落営農」の形も多様になる。個々の農家の思いが生かされれば、いろんな知恵もでてくる。

 「集落営農」のしばりのなかで、これまで個別でやっていた農家に抵抗が大きいのは「組織の経理の一元化」である。

 「(1)集落営農組織の口座を設けて、(2)農産物の販売名義を集落営農組織とし、(3)販売収入をその口座に入金する」

 つまり、集落営農に参加した農家の米は、集落営農組織で一括して販売し、収入・支出を一元化する。

 この要件に対して、本誌読者のように、土づくりをきちんとやって、「への字稲作」などでおいしい米をしっかり取っている農家など、「自分の米づくりの工夫が反映されないのでは参加したくない」と思う人も多い。

 東北の米どころ岩手県奥州市(旧江刺市)では、JA・行政一体となって、集落営農が推進され、法人化を目標とした特定農業団体の設立が進められている。すでに14の特定農業団体が生まれているが、ここでも面積割の分配が問題になった。(特定農業団体とは、平成15年9月に施行された農業経営基盤強化促進法に基づいて創設された制度。5年以内に農業生産法人になることが要件の一つとされ、各種の補助・支援が受けられる。法人化した場合、簡単な届出で「特定農業法人」になれる)

 そこで、JAの米集荷の担当がアイデアを出した。特定農業団体の下に「枝番」として各個人の番号をふる。カントリーの荷受は個人ごとにチェックして枝番付きの伝票を起こす。JAでは、特定農業団体ごとに各構成員の出来高リストを渡す。特定農業団体の事務局は、出来高リストをもとに構成員の通帳に振り込む。

 こうして出来高割による「江刺型の経理の一元化」で、課題だった「公平性」が確保された。いずれは法人化をめざす特定農業団体でも、新しい経営のかたちをつくるに当たっては、無理なところが出てくればじっくり話し合って納得できるかたちをつくる努力が必要になる。

(*この旧江刺市での取り組みは、他に税務処理などでも工夫をこらし農家の抵抗感を和らげる努力をしている。詳しくは本誌3月号324頁参照)

「地下一階」の価値を共有して自律的なむらづくりを

 「集落営農」をすすめるとしても、そのやりようはいろいろである。そして、そのいろいろを決めるのは、むらびと自身である。農政対応の受身の取り組みではなく、今こそ、自律的なむらづくりをすすめたい。その条件は切り開かれている。

 直売所、産直、加工、農村都市交流。この間、農家・農村が切り開いてきた現代的な条件と力量を生かして、むらを元気にする二階部分を構想する。土地を集積して規模のメリットを求めるだけが二階部分ではないし、それだけでは展望は開かれない。

 機能集団である二階部分、これをささえる一階部分の農家の合意形成組織の根底には、むらの生産と暮らしが長い間に築いてきた、個性的な地域自然と地域の文化がある。これをとりあえず、「地下一階部分」と呼んでおこう。農地だけではなく、里山があり、ため池や水路があり、これを守ってきたむらの共同作業があり、祭り・伝統芸能・食文化があり、日常の助け合いもある。

 山下裕作氏(農業工学研究所集落計画研究室)が「伝承という実践」という論文で、こんなことを書いている。

 「『村を美しくする計画など無い、良い村が自然に美しくなる』という言葉がある。『良い村』とは何であろうか、それは住民一人一人が確かな主体性をもち、相互いに共有される確かなものを持つ村ではないだろうか。そうなるために、もっと地域の中で、少し昔のことから解きほぐしていくべきである。それは現在の住民の親たちが残したものである。そこにまたかつての自分自身の体験との因果関係を認識することが出来、その認識を『直前の経験』としての現在の生活に繋げるような『内省』ができれば、『資源』とか『手法』とかいう一定の方法論に則った、潰しのきかない『要素』ではなく、状況に応じた的確な判断を行い、効果を図り、意見を語り合い、合意し、意欲をもって実践しようとする『主体』そのものが、一人一人の住民の中に再構成されるのではないだろうか」。

 自律的なむらづくりは、むらびとが「記憶」を呼びおこし、「地下一階」にある、どこにもないわがむらの固有の価値を共有することから始まる。それを土台に、地域住民や都市民を巻きこんだ二階部分を構想し、一階部分のむらのしくみを今に生かすようにつくりなおしていく。むらに残る食文化、記憶の中にある「なつかしい味」「ホンモノの味」を住民、都市民を巻きこんで再興していくことも、農と食を結ぶむらづくりの課題である。

 自分のむらの進路は自分たちで切り拓く。そんな各地の集落営農の組織化と法人化への取り組みを紹介したのが、前述の「立花ファーム」も収録されているビデオ「21世紀型地域営農挑戦シリーズ・第1集・第2集 各3巻」(企画:JA全中 制作:農文協・全農映 解説:楠本雅弘、価格各集1万5000円)である。九州から東北までの七事例を紹介したこのビデオを、「記憶」の共有にもとづく自律的なむらづくりにむけた話し合いの素材として、むらむらで上映していただきたい。

(農文協論説委員会)

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