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農文協トップ主張 2004年11月号

家畜糞尿を、地域づくりの起爆剤として生かす
「家畜排せつ物法」の完全施行を前に

目次
◆家畜糞尿が、高齢者を元気にする
◆畜産農家が、直売所の「小さな農家」を応援
◆家畜糞尿で、山がきれいになり、地産地消が展開する
◆まちとむらが結びつく
◆「食品リサイクル法」で、食品企業との連携も広がる
◆食品企業を地域の農産物のファンにする

 「家畜排せつ物法」が、5年間の経過期間を経て今年11月、完全施行される。一定以上の規模(牛では10頭以上、豚では100頭以上)の畜産農家では、家畜糞尿の野積みや素掘りは禁止、屋根をつけ、床をコンクリートにするなどして、家畜糞尿が周囲へ流れ出ないようにしなければならない。処理施設の整備にかかる経費に頭をいため、これを機会に畜産の廃業を決意する農家もでている、という。また、施設を整備し法律をクリアしても、保管した糞尿の行き場がなければすぐに貯まってきて、新たに施設を増やさなければならなくなる。

 糞尿をどうするか。だが、これを、畜産農家だけの問題としてみていては、展望はひらけない。家畜糞尿を地域の農家で生かす。農家だけでなく、地域のみんなで生かす。

 そんなふうに、視野を広げて考えると、解決の方向がみえてくる。廃棄物をうまく処理するというのではなく、家畜糞尿を地域の宝に、地域づくりの起爆剤にすることができる。そんな取り組みが、各地で始まっている。

 家畜排せつ物法の本格施行を前に、家畜糞尿利用のこれからを考えてみたい。

家畜糞尿が、高齢者を元気にする

 「集落に畜産農家がいることの価値を、いま、改めて感じている」というのは、本誌でおなじみ、長野県の酪農家・小沢禎一郎さんである。全国的に畜産農家が年々減り続け、家畜のいない集落が増えている。小沢さんのところでも、一番多いときには60戸あったむらの酪農家が、都市近郊ということもあって、今では小沢さんだけになった。そして、小沢さんの、経産牛40頭、育成牛30頭からでる糞尿は、いまや、たいへん頼もしい存在になっている。ワラとの交換で小沢さんの牛糞堆肥を入れた田んぼのコメは、よくとれるし、うまい。そして、小沢さんの牛糞堆肥や尿が、むらの年寄りたちを元気にしている。

 小沢さんの集落には、休耕田で育てたハスの花の販売を機会に生まれた、「大正道ポケット・パーク」というグループがある。60代から80代まで、集落の仲間十数人で、「時給1000円」の野菜や花つくりをしようと、血気盛んだ。めざすは「百歳百姓の桃源郷」。

 「大正道ポケット・パーク」の野菜や花つくりのために、小沢さんは牛糞堆肥や尿を、タダで提供する。堆肥を運んだり田畑に入れたりする労働は「時給1000円」になるが、堆肥そのものはタダ。糞尿から機械まで、むらにあるものを提供しあい、金をかけずに栽培して時給1000円を確保しようというやり方だ。

 大量に家畜糞堆肥を土の表面におき、昔ながらの尿を薄めた「薄肥やし」をやり、水やりにつとめると、太くて甘いアスパラがたくさんとれる。サトイモもナスも花も立派に育つ。

 歳をとると堆肥づくりなど、土づくりのための仕事がつらくなる。土がやせてきて、作物の生育の調子が悪くなると、栽培への意欲まで減退してしまう。そこで、むらの畜産農家の出番。

 「平均寿命百歳の桃源郷のむらをつくるには、まず第一に土づくり、地力だ」と、酪農経営を息子に引き継いだ小沢さんは、第二の百姓人生に張り切っている。

畜産農家が、直売所の「小さな農家」を応援

 女性や高齢者はいま、朝市・直売所で元気がいい。その朝市と畜産農家が結びつくと、朝市、直売所は一層、元気になるようだ。

 福岡県前原市の長浦牧場の鈴木宗雄さんは、自ら「一番田舎」という直売所を開設し、そこで堆肥を販売している(2002年10月号236ページ)。

 常時600頭ほど飼育されている長浦牧場からは、年間1000tの堆肥が出る。そのうち3分の1の約350tを販売。うち90tが専業農家からの大口注文で、出荷価格は1t1万円。残り260tは15kgに袋詰めして、一袋300円で「一番田舎」と農協を通じて販売している。

 50人ほどで始まった「一番田舎」の会員は、現在500人以上で、販売額も3億4000万円までになった。それとともに、堆肥の売り上げもどんどん伸びてきた。直売する場ができて、年輩農家や小さい農家の野菜つくりが盛んになり、堆肥がよく売れるようになったのである。堆肥を入れて品質のよい野菜がたくさん穫れることで、直売所の売り上げは増え、その結果、堆肥の売り上げがまた増える。堆肥の売り上げは年間610万円。堆肥づくりにかかる経費が充分まかなえる。

 長浦牧場の堆肥は、牧場の牛糞のほかに鶏糞が2割ほど混ざっている。鶏糞を混ぜることで、早くから遅くまで肥効が持続する。成分のバランスもいい。鈴木さんはこの堆肥を「万能堆肥」と名づけた。

 鶏糞は、近くの養鶏場から年間200t以上引き取っている。養鶏場でも糞の処理には困っていて、「本当にいいんですか」と初めはいぶかしがられた、という。売れる堆肥づくりには、畜産農家どうしの連携もおもしろい。

 畜産農家には専業農家が多く、後継者も多い。そんな「大きい農家」と、朝市・直売所の「小さな農家」がつながると、どちらも助かる。新しい「大小相補」が生まれる。「耕畜連携」とよくいうが、いま「耕」のほうにも、いろんな農家がいて、いろんな農業がある。

家畜糞尿で、山がきれいになり、地産地消が展開する

 畜産農家と地域の農家の連携に加え、地域の住民まで巻き込んだ取り組みが広がっている。生ゴミと家畜糞尿で堆肥をつくる取り組みが多いが、昨年4月にオープンした、栃木県茂木町の町直営の「茂木町有機物リサイクルセンター 美土里館」では、山の落ち葉も活用している(本号100ページ)。堆肥の素材は次のようだ。

・家畜糞尿 酪農家13戸、飼育頭数500頭のうち260頭分を収集。

・家庭生ゴミ 町内5000世帯のうち1800世帯分。

・オガコ 間伐材や剪定枝を粉砕して自前で製造。

・モミガラ 年間使用量は250t。ライスセンターや農家から集める。

・落ち葉 年間250t。町内50haの山林から収集。

 これらの材料を、堆肥製造プラントで発酵させ、できた堆肥は「美土里たい肥」と名付け、1t(ばら)で4000円、10kgの袋詰めは400円で販売している。この取り組みで、どんなことが起きているのだろう。

 まず、酪農家が助かる。1t当たり600〜800円の糞尿処理料金がかかるが、糞尿処理にかかる労働が軽減され、飼育頭数を増やしたり、乳質が改善されるなどの効果が現れてきている、という。

 山がきれいになってきた。茂木町は森林率が70%、ナラやクヌギなどの雑木林が多いが、落ち葉かきをする人が少なくなり、かつては秋になるとキノコ採りに入れた山が、フジツルがからみあって人を寄せつけなくなってきた。落ち葉の利用は、山の荒廃を防ぎ、そのうえ、山の土着菌がタップリの落ち葉を使うと、発酵がうまく進み、いい堆肥ができる。

 落ち葉かきの作業は、町内の50戸の農家・約100人が12月から4月まで行なっている。町では、袋詰めの落ち葉1袋15kgを400円で購入。一人で1日15袋くらい集められるので、約6000円の収入になる。冬場の仕事ができたうえに、落ち葉かきが健康増進につながると喜ばれ、落ち葉の収集量をもっと増やしてほしいと要望が出るほどだ、という。

 そして、畑がよくなる。「美土里たい肥」は、去年の夏から販売を開始、農家の60%以上がこの堆肥を使っているが、ハクサイやダイコンが今までになくよくできたと好評だ。化学肥料の使いすぎや連作などで病虫害や障害で困っていた農家にも、この堆肥は福音になっている。

 家畜糞、生ゴミ、山の荒廃、田畑の地力低下…地域には「困ったこと」がいろいろある。これを、それぞれ別々に解決しようと思うとムリがかかるが、結びあわせてみると、思わぬ解決方法がみつかる。それが地域の力だ。

まちとむらが結びつく

 茂木町役場農林課・土づくり推進室の矢野健司さんは、この取り組みについて、「環境保全型農業の推進、ごみリサイクルの推進、農産物の地産地消体制の確立、森林保全の推進などを目標に掲げ、地域ぐるみで資源循環を推進しながら、人と自然にやさしい農業をめざしたい」と、述べている。

 困った問題を解決するだけでなく、地産地消という、新しい結びつきをつくる取り組みなのである。

 「美土里たい肥」を使ってできた農産物は学校給食の食材としても提供されている。米は、「美土里たい肥」を使うことを条件に契約栽培。直売所では、「美土里たい肥」を使った農産物にシールが貼られ、減農薬・減化学肥料につとめている農産物として販売されている。

 まちとむらが、資源の利用でつながり、そこから生まれる農産物を、子どもたちも含めてみんなで味わう。

 生ゴミと畜産農家の糞尿を組み合わせる先進的な取り組みとして知られる、山形県長井市のレインボープラン。その推進者の一人、農家の菅野芳秀さんは、次のようにいう。

 「レインボープランがめざす『地域循環農業』は、同じ地域の町場に住む人たちが出す生ゴミを堆肥としてもう一度村に戻し、村でつくられた農作物を今度は町に返す、という循環の世界である。従来の流通は、農村がつくったものを都市に供給するという、エネルギーの流れからすれば一方通行がほとんどで、その点では新しく生産者と消費者の『顔の見える関係』を築こうとした有機農業運動も変わりはない。

 『一方通行』の世界では、せいぜいのところ消費者として外から田植えや稲刈りの援農にいく程度であるが、循環の世界では人々の農業とのかかわりも違ったものになっていく。台所はすでに田畑の一部であるともいえるのだ。町の市民の日々の暮らしの中から土づくり、作物づくりが始まっている」(1998年12月号108ページ)

「食品リサイクル法」で、食品企業との連携も広がる

 食品流通や食品加工、小売や飲食業まで、食品産業と畜産農家との連携も、新しい大きな動きになってきた。

 平成13年5月、「食品リサイクル法」が施行された。食品の売れ残りや食べ残し、あるいは食品製造の過程で発生する食品廃棄物を抑制、減量化するとともに、これらを飼料や肥料等の原材料として再生利用することをめざした法律で、食品業界は死活問題として、この課題に取り組んでいる。だが、水分の多い食品残渣だけでは堆肥にしにくいし、堆肥をつくったとしても流通ルートがなければ、続かない。そんな背景のもと、食品産業と農業の新しい連携が始まっている。

 「農業技術大系・土壌施肥編」(農文協刊・全8巻)の第8巻の「環境保全型農業の地域展開」のコーナーでは、そんな事例をいくつか取り上げている。そのなかから二つほど、紹介しよう。 

 福島県大玉村の國分農場有限会社では、平成10年から、旅館の食品残渣と家畜糞尿で独自堆肥をつくり、生産された野菜を旅館の献立に載せる取り組みが進んでいる。旅館組合と畜産農家とJAの有機農業研究会が連携した取り組みだ。この活動をきっかけに、オートキャンプ場、他地域の飲食店からの希望もあり、現在では計3団体から食品残渣(一日約1.5t)を受け入れ、堆肥化をしている。

 牛糞+食品残渣で70〜80度の発酵温度を確保、雑草種・病原菌のない堆肥をつくり、この堆肥を使って有機農研のメンバーが野菜を栽培し、地元の流通業者をとおして、この野菜を旅館が仕入れる。旅館組合の各旅館では、「一旬一品」をテーマに、この有機野菜の持ち味を生かした料理を工夫している。また、食膳を出す際に仲居さんが有機野菜の説明をするなどして、お客様にもその旅館の取り組みをアピールしている、という。

食品企業を地域の農産物のファンにする

 千葉県銚子市の農事組合法人・農業資源活用生産組合では、野菜くず+畜糞の混合堆肥をつくり、大手スーパーと肉牛農家と野菜農家が一体となった「『食』の循環系構築」をめざしている。

 平成10、11年度に環境保全型畜産確立対策として、肉牛糞の堆肥化プラントを整備したのだが、この時、大量の野菜を購入する大手スーパーから、同社のプロセスセンターで発生する食品廃棄物を一緒に堆肥化し再生利用してもらえないか、との要請を受けた。カットフルーツ製造時の皮や芯、熟度不均一の果物、角が欠けた豆腐などで、保冷庫で貯蔵されており、鮮度はいい。

 野菜農家は従来から畑に残された野菜残渣を堆肥とともにすき込んでおり、食品廃棄物の受入れに抵抗はなかった。一方、食品廃棄物を堆肥化に受け入れる技術的な素地もできていた。肉牛糞単独で堆肥化を進めると、特に夏期には、途中で水分不足になって堆肥化が抑制される。水分補給が必要で、ミネラルの供給も兼ねて海水をかけるなどの試みを行ない、その有効性を認めていた。水分が多く、ミネラルなどの養分も多い食品廃棄物と肉牛糞は相性がよく、いい堆肥ができるというわけだ。

 この堆肥を使って生産組合が育てたキャベツなどの野菜を、廃棄物を排出するスーパーでは、「循環」をアピールしながら、積極的に販売している。エコ野菜の認証を受け、市場でも安定した位置を占めることができるようになった、という。

 『土壌施肥編』ではほかにも、オカラ、ビールカス、茶ガラ、魚のアラなど、食品加工残渣と家畜糞尿を組み合わせた堆肥づくりの事例や技術を豊富に取り上げている。

 「環境」や「安全」にむけ、企業に社会的な使命が強く求められる時代である。食品企業との結びつきを強め、食品企業に地域の農産物のファンになってもらう。食品残渣の「捨て場」にするのではなく、農業と食品産業の新しい結びつきのなかで新しい価値を創造する。家畜糞尿を、そんな新しいつながりをつくるのに役立てる。

 従来の枠ぐみを取り外せば、もっといろんな可能性がありそうだ。岩手県の「いわて銀河系環境ネットワーク」では、これまでのタテ割り行政を越え、産官学が連携して、流域経済圏をつくろうと、研究が進められている。そこでは、家畜糞尿をメタン発酵させ、そのガスを燃料に間伐材や廃材チップを炭にし、その炭を河川の浄化や海の人工漁礁に活用する、という構想が生まれている。メタン発酵後の液は、液肥にする。畜産と山(間伐材)、田畑、川、海をつなぎ、新しい地域型の産業を興そうという構想だ。

 かつて、家畜は農家の一部であり、厩肥は自給肥料として大切に使われてきた。そしていま、規模拡大で大きくなった畜産の家畜糞尿を地域で、農業以外の人々まで巻き込んで生かす時代になった。

 家畜糞尿を生かす新しい技術も生まれている。先月10月号・土肥特集号の「土ごと発酵」は、未熟・中熟の家畜糞堆肥を生かす方法であり、やっかいな尿についても、先月号で紹介した鉄資材の利用や曝気法など、簡単で効果的な利用法の工夫が生まれている。

 家畜糞尿を地域づくりの起爆剤として生かしたい。

(農文協論説委員会)

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