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農文協トップ主張 2001年7月号

「ふるさと力」が「教育」をどんどん変えはじめた

目次
◆「東京国際ブックフェア」に出現した「ふるさと」
◆深まり、広がる「ふるさと学習」
◆活躍する農家=社会人先生
◆学校を中心に地域の共同性を回復し、ふるさとの教育力を発揮する
◆行政・団体・企業も食農教育に大きく動きだした

「東京国際ブックフェア」に出現した「ふるさと」

 去る4月19日から4日間、東京臨海副都心にある東京ビッグサイトで、「東京国際ブックフェア2001」が開かれた。入場者5万人弱、そのなかでひときわ目を引いたのは、農文協が協力団体とともに展示した「農文協・食農教育応援団」のコーナーであった。

 長野県飯田市が提供したミニ水車がある水辺にはオタマジャクシやメダカが泳ぎ、(社)農村環境整備センターの田んぼコーナーでは、水田雑草や水田に棲む生きものの水槽がおかれ、ニワトリもいれば小さい炭焼き釜や石釜もある、ちょっとした田舎空間がつくられた。会場で配布された落花生の種や、(株)カゴメ提供のトマト苗セットも人気を呼んだ。

 展示とともに、食農教育をめぐるセミナーも開催された。題して、「〈生活の場〉と〈学びの場〉が響きあう「総合的な学習」」、来年正式にはじまる「総合的な学習の時間」にむけたセミナーだが、それは、「すでに時代は変わっている」ことを感じさせる内容だった。

 このセミナーが開催されるに至った経緯はこうである。

 昨年度、文部科学省から農文協に委嘱された「新しいライフスタイル等の形成に関する調査研究」を実施するために、同名の調査研究会(代表:富岡賢治国立教育研究所所長・事務局:農文協)を組織し、地域の食と農を題材とした学校や地域での学習活動・実践事例を募集した。これに対し、短期間に全国から268事例もの応募があり、そこから先行的事例として18事例が選ばれ、調査研究がすすめられた。その成果は報告書(「教育関係者と農林漁業関係者が連携して進める学習の全国調査」)にまとめられ、すでに農文協から発行されているが、食と農の学習の1層の広がりを期待して18事例の表彰式が展示会場で行なわれ、表彰式の日の午後、受賞者のうちから学校の実践を取り上げてこのセミナーが開催されたのである(左の囲み参照)。

 教育関係者を主とするセミナーの参加者からは、「全国のふるさとが1堂に集まり発表されたことは、珠玉に値する学習だった」「食と農の教育をとおして、子どもの心身の健全な育成がなされ、教師自身も学び、そして地域社会と1体となって地域がつくられていく道筋が見えた」「「〈生活の場〉と〈学びの場〉が響きあう」というセミナーのテーマの意味がわかってきた」などなどの感想が出され、「総合的な学習の時間」では地域と連携した食農教育をという声が、つぎつぎに噴出したのである。それはあたかも「教育」が「ふるさと」という磁場のなかで、創造のエネルギーを充填されたかのようであった。「ふるさと力」が教育をどんどん変えはじめたのである。

深まり、広がる「ふるさと学習」

 「すでに時代は変わっている」と感じさせたのは、セミナー参加者の感想からだけではない。セミナーで報告された授業実践の内容が、実に、食と農の学習で、人間が生きるということの根源に光を当て、子どもたちが意欲的に生きる力をつけるようなものになっているのである。

 たとえば、第1報告の「郷土食「おやき」をとおして地域の食文化とお年寄りの知恵を学ぶ」。この学習のなかで子どもたちは、なぜ、自分たちの地域では昔からおやきを食べていたのかということを調べ、水田が少ないという特性をもつ地域自然のなかから小麦を主原料とするおやきが日常的な食として生まれてきたこと、小麦をベースにしながら季節季節にとれる素材を上手に組み込み、その結果、栄養的にも非常にバランスのとれた食べ物であることを知る。

 また学習の過程で、実際におやきをつくるために各家々からおやきのつくり方を集めたところ、それぞれにこだわりがあって、具にする野菜の種類や水分のとばし方、蒸す・焼く・揚げるなどの仕上げの方法にたくさんの違いがあることを発見した。子どもたちは、おやきをとおしておばあちゃんたちの知恵の深さを学び、仏壇におやきをあげる意味などについても考察した。

 報告した長野市立更府小学校の下先生の話では、このような各家のおやきの違いに、先生格で参加したおばあさん自身がおもしろがり、互いに技術を交換し合う場面があったそうだが、これはまさしく少しずつ改良を重ねながら地域独自の郷土食が形成されていく過程そのものである。

 下先生は、郷土食おやきの学習をとおして家庭内での異世代交流がすすみ、「ふるさと観」が形成できたと話し、「ふるさと観」とは何かという会場からの質問に対し、「子どもの生き方の方向を根源でつくってくれるもの。ふるさとの自然を慈しみ地域の人びとをいとおしむ心」と答えている。それは、地域の資源を活かし工夫して食べて生きるという、人間の生活の原型を共感をともなって理解し、ふるさとの原風景とともに、生きるエネルギーの基を形づくるものではないだろうか。その学びは、「私もおばあちゃんになったら、自分の孫におやきのつくり方を教えるんだ」という声が子どもから出たというように、地域独自の生活文化の継承そのものでもあるのだ。

 世界とは何か、自分とは何か、世界と自分はどのような関係にあるのか――成長にしたがって子どもの内部では、「人が生きるとはどういうことか」についての自問が生まれてくる。こうした子どもたちの問いは、家庭や地域、自然のなかでもまれるなかで、つまりは「ふるさと」のなかで、生きる力として形をなしてきたのだが、いま、その力が大きく後退している。そこで、新しく設けられる「総合的な学習の時間」のベースになる教材として、地域の食と農をすえることの有効性・必要性を農文協は主張してきたのだが、下先生は、そのような本格的な「総合」の学習をすでに実践していた。

 ふるさとのおやきには、地域の自然とともに、おばあさんの思いや知恵がふんだんに入っている。地域と連携した食と農の学習は、自然に働きかけ働きかけられるなかで歴史的につくられてきた地域の自然と人々の思いや文化を同時に感得させる。そのような体験的で根源的な丸ごと認識が、子どものうちに探究のエネルギーを呼び起こし、子どもたちの「生きる力」を育むのである。

活躍する農家=社会人先生

 時代はすでに変わっている。それは、「総合的な学習の時間」に農家先生の登場を求める声が小学校の教師たちから次々出されたことからもうかがえる。

 このセミナーでは、教師とともに、その学習を校外から支援した農家にも報告をお願いしたのだが、報告に立った農家の生き様に共感し、「総合的な学習の時間」を支援する社会人先生として農家の登場を期待する声が多数寄せられたのだった。

 たとえば、子どもたちが稲の無農薬栽培にこだわり、雑草や生態系防除などの調査をつぎつぎ展開していった盛岡市立山王小学校の学習を支援した農家は、減反や低米価で稲作も厳しいが、子どもたちの無農薬稲作にかける熱意に励まされたと前置きした後、田んぼの小動物と微生物、田んぼのなかの生態系の話をし、微生物の力で田んぼの土を肥沃にして冷害にも負けない稲をつくっていることを静かに語った。

 新潟県の安塚町立安塚小学校の実践は、棚田での農作業や遊びをとおして棚田に愛着をもった子どもたちが、後継ぎが見いだせないなかでつぎつぎ棚田が荒廃している重たい現実に出合い、棚田を保全すべきかどうか、耕作をやめてしまった農家や、棚田の開田をした経験のある農家、棚田保全に取り組む農家などの生の声を聞きつつ自分の考えを磨いていった事例である。この学習に協力した農家は、上流の田んぼが荒れれば下流の田んぼも荒れることにふれた後、棚田の虫食い的な荒廃化を防ぐため自分たちで土地利用計画を立てたことや、棚田保全のために、都会の生活者を組織化して田んぼオーナー制度をはじめたことなどをたんたんと語った。

 こうした農家の自然を観る確かな目や、静かな口調のうちにも農業を守ろうという気概あふれる話に、子どもたちが授業で受けたのと同様の感動を、会場の教師たちもまた受けたようだ。「感銘を受けた。農業は決して衰退していないと思う。農業を誇りに思い実践していらっしゃる方の生き様を子どもたちにぶつけ、考えさせ、そして未来への提言ができるようになればと思う」「食と農の総合的な学習は21世紀の循環型社会の根幹になっていくと思う。教師の視点だけでなく農家の方たちの視点が必要だ」などなど、「総合的な学習の時間」にはどうしても農家の力が必要だ、という認識が示されたのである。

 今日、環境問題が大きな問題になっているが、人間の外に環境があるのではない。環境問題は、「環境」という人間がかかわってできる自然と「人間」という自然との関係の問題であり、環境を外にあるものとして眺め、ただ単にフロンの使用をやめるということでは解決がつかないのである。農業も近代化が進むなかで自然を外部化してとらえ、これを征服するような発想をとった時代もあったが、そのような近代的技術は矛盾をきたし、その反省のもとに、自然に働きかけ働きかけられる農耕的な認識に支えられる循環的な技術が、農家の手でつぎつぎ開発されている。自然と人間の関係を熟知している農家が都市の住民を指導して循環型の新しい社会をつくる時代がきた。学校へのかかわりは、その中心的な課題といえるだろう。

 「総合的な学習の時間」では、教師は教えるのではなく、生徒と一緒に課題を追究するなかで、子どもたちの学び方を指導する立場にある。そんな先生たちが今、農家に大きな期待を寄せている。本誌5月号の主張で述べたように、「「総合的な学習の時間」は農家の出番」なのである。

学校を中心に地域の共同性を回復し、ふるさとの教育力を発揮する

 かつて農業が社会の大きな比重を占めていた時代には、子どもたちは、日常的に親や家族の働きを目にして育った。子どもが一定の年齢になると子どもの相手はそれまでの祖父母から親に移行し、まだ非力ながらも農業の仕事を覚えることになった。そして遊びも異年齢の集団が形成され、一定年齢になると若者宿などで楽しみながら仕事やしきたりなどを学ぶことができた。家庭や地域の生活のなかに、子どもの教育・学習のシステムが組み込まれ、いわば家やむらという生活の場そのものが教育的な機能を発揮していた。「ふるさと」が大きな教育力をもっていたのである。しかし今、農村部でも共同的な関係は弱まり、ふるさとがもつ根源的な教育力を十分に発揮し切れないでいる。

 ふるさとがもつ教育力を回復するには、学校を「地域のセンター」とし、旧村の小学校区単位で地域の共同性を回復させるとともに、市町村単位でそれを支援する協力体制をつくることが決定的に重要である。

 その点で高知県南国市の報告「“与えられる給食”から“地元でつくりあげる給食”へ」は、教育委員会を中心に農家や市民、PTA、行政や農業団体などが協力して、給食をめぐって地域の共同性を回復し、ふるさとがもつ教育力を発揮させた好例である。会場の教師たちも、この実践に大いに励まされた。

 南国市では、13の小学校と2つの幼稚園の給食に地元の棚田の米を使用することにより、棚田を荒廃から守っている。その際に、それまでの委託炊飯をやめ、クラスごとに2台ずつ用意した炊飯器で炊き立てのごはんを食べるようにして、米代の助成がなくなるなかで給食費を逆に値下げすらしている。こうして、地域の棚田の非銘柄米を給食にとり入れることで、農家の生産意欲も高まった。棚田での稲作の体験学習も行なわれる。子どもたちは農家のうれしそうな顔を思い浮かべつつ、炊き立てのご飯を感謝していただく。炊き立てのご飯はおいしく、残飯は出ない。

 セミナーで南国市の西森教育長は、「戦後の給食の役割は終わった。これからは地域でつくっていく「食育」ないし「食農教育」としての給食でなければいけない」と言い、「食育、ないし食農教育を知育と体育の間に明確に位置づけたい」と述べた。今では米だけでなく、味噌なども地元大豆をつかった手づくり味噌でまかなうまでになっており、給食の地域自給度を一層高めていく方向にすすんでいる。給食の取り組みを起点にして、多品目少量生産の農業を振興し、地域の共同性を一層強めていくことが期待されるのである。

 「地域の子どもは地域で育てる」をモットーに地域の人びとが学校に結集する。そして、地域での子育てと豊かな地域づくりを同一の地平でとらえ、地域資源を見直し、郷土食を取りもどし、多品目少量生産による朝市や農産加工などを盛んにして、食生活の地域自給度を高める。その延長線上で産直なども行なって女性や高齢者が活躍できる場を地域に拡大し、その活力のなかで子育てもすすめていく。農業はもともと医・食・農・想をその内に含む暮らしの総合産業である。農業が地域の人びとの共同のもとでその総合性を高めるとき、子どもを育む「ふるさと力」も1層大きくなるだろう。

行政・団体・企業も食農教育に大きく動きだした

 「総合」のなかで今、大きく広がっているのは、高齢者と子どもの結びつきである。社会的には「弱者」と見られる年寄りと子どもが結びつき、近代化でゆがんだ社会を是正する動きをつくりだしている。そして、社会の「強者」がこれを支援する。南国市の実践は、棚田でとれた米を学校給食に供給し週5日の完全米飯給食になったら、ほぼ全量が給食米で消費されると計算した農業委員会の提案を、教育委員会が大賛成することで市民レベルの合意がすすみ、それに食糧事務所も協力することで可能となった。炊飯器などの購入費用は農協が拠出している。このように、地元の行政や団体の協力のもとに南国市の米飯給食は可能になったのだ。このような協力関係を市町村単位でつくることが求められているのである。

 農協は「次世代との共生」を謳い、全国津々浦々で「学童農園」を子どもたちに提供しようとしている。各地方にある農政局や食糧事務所、統計情報事務所も出前授業や情報提供などを熱心に行なっている。盛岡市立山王小学校の事例にあったように、農業改良普及センターや農業試験場も学校との関係を強めている。民間企業にしても、冒頭のカゴメのように、食農教育に関心を強めている。「ふるさと力」の担い手である農家の役割はなお一層大きい。

(農文協論説委員会)

「農林漁業関係者の協力を得て進める
            学校・地域の体験学習」表彰式

主催:(社)農山漁村文化協会、新しいライフスタイル等の形成に関する調査研究会、日本教育新聞社/協賛:JA全国中央会、(社)家の光協会、NCLの会/後援:文部科学省、農林水産省、日本農業新聞
〔受賞団体〕
○文部科学大臣奨励賞 長野市立更府小学校「郷土食「おやき」作りでの老人との交流の姿から」
○農林水産大臣賞 愛知県・安城市立安城西中学校「いのちを育む体験活動――水・土・自然、そして人から学ぶ循環型社会――」
○全国農業協同組合中央会会長賞 滋賀県・長浜市立南郷里小学校「わくわく田んぼ」
○新しいライフスタイル等の形成に関する調査研究会代表賞
 ・岩手県・盛岡市立山王小学校「お米からのおくりもの――お米フェスティバルをめざして――」
 ・新潟県・安塚町立安塚小学校「5年総合活動「わたしたちの棚田」」
 ・高知県・南国市教育委員会「地元農産物による学校給食、多彩な地域連携学習」
 ・以上のほかに、小中学校、農業高校、社会教育施設、地域自主団体等の実践を12事例、表彰(受賞校・受賞団体名…略)。
※なお、地域の食と農を題材とした学校や地域での学習活動・実践事例の全応募事例(268事例)は、「総合的な学習CD―ROM 2001」(2001年3月、農文協刊)に全文、収録されている。


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