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農文協トップ主張 2001年3月号

不況に負けない 農家・農村の新コストダウン戦略

目次
◆コストダウンの三つのポイント
◆「製品」の産直で、流通・加工・販売の付加価値をとりもどす
◆小力技術でコストダウンを図る
◆小さい農家の小力技術を支える新しい集落営農
◆まち・むら交流による生活価値の共有が地域をつくる

コストダウンの三つのポイント

  外国農産物輸入の急増による価格低下に対し、誰もが意識するのはコストダウンである。しかしそのコストダウンを、商品生産部門の収支の問題に限定して考えていては展望は見えてこない。商品生産部門の収支だけに目を奪われていては、収支改善そのものの見通しも立ちにくく、農家の経営と暮らしを守る道すじは見えてこないのである。

 真のコストダウンを実現するカギは自給生産部門にある。自給生産部門とは、より正確に言えば、地域の自然から直接間接に農家、住民が「天与の恵み」として受けとるモノ(おいしい水や空気、海・山・川・野・田畑の幸)やサービス(美しい景観や遊び場)、そして、おカネを媒介にしない相互扶助的な社会関係のことである。それは、地域の自然に働きかけ働きかけられることによって生まれる富とその交換・互酬・分配のしくみ、つまり、むらに歴史的に形成された農村空間そのものである。農家・農村の経営と暮らしは、自給生産部門と、これを土台に生まれる商品生産部門とで成り立っている。

 高度経済成長期以来、商品生産部門を拡大することばかりが推奨され、自給生産に象徴される「儲け」に結びつかない仕事は限りなく縮小されてきた。商品生産部門の拡大は少品目大規模生産のやり方で推進されたが、その商品生産部門の収支バランスが輸入自由化による価格低下で極度に悪化し、経営の根本的転換を迫られている。

 WTO体制下、農産物市場の「世界市場」化のなかで、全商品生産品目にわたって価格が低下する条件下にある。これに対し、大規模化・施設化など旧来の手法によるコストダウンでは、経営は改善されないことは誰の目にもはっきりしている。どうしたらよいか。

 先月号の「主張」では、コスト低減と「付加価値」を高めることを併せもつ「新コストダウン戦略」を提案した。この「新コストダウン」は、自給生産部門を強めることによって可能になる。

 ポイントは三つある。

 第一は、農外で膨大に発生している流通・加工・販売による「付加価値」を、農家・農村にとりもどすことである。食品加工・流通 業、外食産業等の発展によって、農産物が消費されるまでに生まれる付加価値は大幅に増えている。国民の飲食料の最終消費額は、七五年には農水産物生産額の三倍強(30兆円)であったが、1995年には6.2倍(80兆円)にもなっている。この外部化された付加価値を農家・農村にとりもどすことが第一のポイントである。

 第二は、地域自然と身体を活かす小力技術によって、コストダウンを図ることである。農業近代化のなかで普及された資材依存の画一的な農業技術による生産は自然の再生能力を超える極限に達し、それがコスト増の大きな原因になっている。一方、人生80年時代のライフサイクルを生涯現役でと決意した昭和ヒトケタ農家を中心に、小力技術によってコストダウン経営を実現している農家が生まれている。たとえば、機械力にまかせて深く耕し、大量の有機物と肥料を投入するやり方ではなく、微生物と作物の根の力で上から土をつくり少肥・減農薬を実現する(半)不耕起のやり方である。自然と作物の力を引き出し、身体の都合にもあった小力技術、農法の創造が第二のポイントである。この場合、新しいやり方として、地域を組織する集落営農の方法もある。

 第三に、地域の農家と消費者が地域の農産物や食べものに対して生活価値を共有し、自給と相互扶助の新しいコミュニティを形成することである。かつて地域では、食の技と知識(情報)と味覚が一体的に共有されていた。地域での情報(文化)の交流・循環を回復し、食を軸とするコミュニティを形成することによって、外国農産物との安売り競争に巻き込まれない「関係性の価格」が成立する。それが第三のポイントである。

 流通・加工の内部化、地域自然・地域資源と女性・高齢者の力が活きる小力技術、コミニュティの形成、この三つが相互に補完しあってはじめて「世界市場」の悪影響を受けない「新コストダウン」経営が成立し、新しい暮らしと地域をつくる。その方法について、事例から学んでみよう。

「製品」の産直で、流通・加工・販売の付加価値をとりもどす

  第一のポイント、流通・加工・販売のとりもどしについて、群馬県JA甘楽富岡の取り組みから考えてみたい(注1)。

 甘楽富岡地区は養蚕とコンニャクに特化させてきた産地だが、いずれも自由化によって壊滅的打撃を被り、85年から95年の10年間に、大方の農家が兼業と脱農の道を選んだ。「農家も農協も一気に経営が崩壊した。桑園があるのは傾斜地ばかり。養蚕が壊滅したため、桑園を中心に900haが遊休農地になってしまった」とJA甘楽富岡営農事業本部長の黒澤賢治さんはいう。7400戸の組合員のうち農産物を出荷する農家は3000戸に満たず、その数も年々減り続けた。正組合員であっても、農地を所有しているだけで耕作しない「土地所有型農家」も増えてきた。兼業化が進むなかで黒澤さんは、地域農業が崩壊することは地域社会が崩壊することだと実感したという。

 地域の再興にむけたJA甘楽富岡の取り組みは、「チャレンジ21農業プログラム」(96年)と「甘楽富岡地域農業振興計画『ベジタブルランドかぶらの里』」(97年)の策定に始まる。その核となったのが直売所「食彩 館」である。地域の直売所は、流通・販売の直接的なとりもどしである。荷姿も価格も農家が決め、売上げは全て自分のものになり、そこから出店手数量を支払う。直売所は、定年退職者や女性など新規就農者のトレーニングセンターとしての機能をも果たしている。

 これを核に、農協によるスーパーや生協への「地域まるごと産直」が展開される。それは、農業協同組合法の発布以来50年余にわたり、農協の販売事業の主流になっていた共選共販(無条件委託販売、プール計算システム、細かい規格と厳しい選別が一体化したもの)という基本的な枠組みの根本的転換を図るものであった。

 根底に「生産者手取り最優先」という譲れない大原則をおいた。それには、消費者が手に入れる食料の形にするまでの全工程を産地側に取り込む方式をつくる必要があった。こうして農協のパッケージセンターが設置された。「どうせ消費地でパッケージするのなら、産地でパッケージしてしまえば、産地に農業関連の新たな雇用を生み出すことにもなる」と黒澤さんは考えたのである。

 このパッケージセンターは、朝市・直売所で個々の農家が手をかけ工夫してやっていることを、個々の特徴を生かしたまま組織的に実現するものとしてある。シイタケ・ニラから始まり野菜の総合パッケージセンターが稼働している。

 産地による「製品化」は、生産の実情にあった荷姿を可能にする。市場出荷では通常3割くらいの規格外品が出て二束三文に買いたたかれるが、ここでは「大きさいろいろブランド」シイタケや、「曲ってしまってごめんね」キュウリなど、オリジナルブランドを次々と開発して、生産したものは全て売ることに徹している。パッケージセンターは荷造りを地域で効率的に行ない農家の労力を軽減しているだけでなく、規格のルーズ化による売上げ増をもたらし、これにコンテナ利用による出荷経費の削減が合わさって、農家の手取りを増やしている。市場出荷では通常、市場手数料と農協手数料がそれぞれ3.5%、それにダンボール・運賃などをあわせると22〜23%の出荷経費がかかるが、JA甘楽富岡の場合は、農協の手数料も入れて10%の出荷経費ですむようになっている。

 産地での「製品化」は自ずと加工を呼びよせる。直売所では、生鮮品だけでなく、漬物、ジャム、こんにゃく、ツル工芸品など、農家が個々の得意技を生かしてつくったあらゆる食品・生活資材が売られているが、こうした加工のとりもどしが、都市にむけた加工品の展開をも可能にする。バラではすでにフリーズドライによるドライフラワー加工も行なわれている。

 地産地消を基本におき、そのうえで余ったものをスーパー、生協との相対取引・提携で販売するというJA甘楽富岡の販売戦略に対し、最初に手を挙げたのはスーパーの西友だった。「西友は直売コーナーをやってはいたが、時期的に限られたものだったので、常設の直売コーナーを求めていました。地場野菜コーナーがなかったら、今は生鮮なんか扱っても駄目だというんですね。彼らとしては、インショップとして食彩館をそっくり持っていきたかったんです」と黒澤さんはいう。

 スーパー・生協のバイヤーにとっては、相対取引で多様な品目を一括契約できれば、集荷のコストダウンにつながる。さらに、生産地でパッキングされているため、店では陳列の工夫だけですむというのも魅力だし、何よりも朝8時に収穫したものが4〜6時間で届くから消費地でパッキングしたものより鮮度がはるかによく、客を呼び寄せる力が違う。多品目少量 生産という直売所を土台とし、その都市への「おすそ分け」としてのスーパーとの連携販売が、新しい「付加価値」を産地にもたらしている。

 自由に売れる直売所を核に、直売所の原理を生かした新しい産直=流通・加工の内部化によって農家の手取りを最大にしようとする販売戦略が功を奏し、JA甘楽富岡は、販売事業でも購買事業でも右肩上がりを続けている。いったん農業から離れた人たちが個性的で多様な農業を始めるようになると、それに惹かれてパートをやめて産直に参加する女性や定年帰農者が続々直売部会に参加するようになり、その数はこの4年間で実に1000人を超えた。

小力技術でコストダウンを図る

 産直による消費者との結びつきは、第二のポイントである小力技術によるコストダウンの条件を広げ、そして小力技術の創造が産直を強める。分離されていた生産と販売が、産直によって結びつき、循環し、その結果、技術・農法が変わる。

 千葉県海上町の木内欽市さん(47歳)は、米価が大幅に下落しているなかで、逆に米の収入を大幅に増やした。千葉県産コシヒカリの場合、平成11年産に1万7000円だった自主流通 米の指標価格が、平成12年産には1万3800円に下がった。1俵3200円のダウンだから、反収八俵とすれば2万5600円の収入減になる。木内さんは4町六反の経営だから、何もしなければ一一7万7600円の所得減ということになる。

 この事態を木内さんは、産直と増収(単収40キロ増)で乗り切った。これを可能にしたのが、米ヌカ農法と低温乾燥による徹底したおいしい米づくりである。試しに米ヌカ農法の米を譲った人からも、長年、米を扱ってもらっている集荷業者の方からも一級の評価をしてもらった米だ。「こういう話は口コミですぐ広がるもので、値段が高くても買ってくれる人が増える。平成12年産の米は、断りきれなくて飯米用まで分けてしまい、あわてて自分の家の分を知り合いから譲ってもらったところだ」という。

 おいしい米を産直で高く売れば、それで経営はやっていけることになるが、その木内さんのイネつくりは大変な低コストである。米ヌカ農法と半不耕起栽培によって肥料代・農薬代を減らし、さらに機械を長く使う。直接みえる部分だけ計算しても、以前の自分のやり方と比較して、市販育苗培土を山土に変えて3600円、粒状熔燐とコシヒカリ用化成ネオパールを粉状熔燐と米ヌカに変えて5574円、米ヌカ施用と半不耕起による土ごと醗酵に除草をまかせるとその除草剤の分が3500円、これだけで反当1万2674円のコストダウンが実現できている。全面積で58万3000円の純収入増である(本誌165ページ)。

 米ヌカと半不耕起によって、田んぼにいる微生物を活かし、自然を活かす。こうしてコストダウンとおいしい米つくりが同時に実現する。コストダウンと「付加価値」の向上が同時に実現できる条件が広がっているのが、かつてはなかった産直時代の特徴である。

小さい農家の小力技術を支える新しい集落営農

 小力技術を地域全体で支えていく仕組みづくりもあちこちで動きはじめた。その事例を大分県九重野地区の「谷ごと農場」で見てみよう。

 九重野地区は昨年6月、中山間地への直接支払い制度の条件となる「集落協定」を全国に先駆けて結んだ(注2)。個別農家では実現できない、儲かる農業の仕組みを地域全体でつくり、個別農家の「夢と希望」を実現させて全国に注目されている地区だ。むらの土地を「所有権」と「利用権」に分け、日当たりや風向きなど、谷によって異なる気候風土に合わせて団地化し、効率的な営農をめざす「谷ごと農場」を推進している。その構想の実験第一号が「谷ごと牧場」であった。

 九重野の一番奥にある百木集落で繁殖和牛を飼育している河野達雄さん(65歳)朝代さん(65歳)夫妻と佐藤キヌヨさん(65歳)は、自分の田畑・山と隣接している土地を持つ4軒から借りた土地が、「集落協定」によって放牧地や飼料畑として活用できるようになった。昨年五月から放牧を始め、すでに3頭の子牛が自然分娩で生まれるという変化がおきている。「舎飼していたときの難産がウソのようだ。この分なら『1年1産』どころか『11カ月1産』ができそうだ」という。それだけではない。放牧してからは病気がまったくでない。舎飼のときは、いったん白痢が出ると共済では間に合わないくらいの被害が他の牛にも広がって困ったものだが、今では獣医さんの用がすっかりなくなった。放牧している間はエサやりの手間がかからないし、舎飼のときには1日30分ずつ2回していた糞尿処理が、夜だけ牛舎に入れる今では1日10分もかからないほどになった。

 エサ代もトータルで4割減ったという。1.8ha分集めていたワラ(金額で14万4000円)は30a分(2万4000円)ですみそうだし、ビタミンが入った高価な濃厚飼料もフスマで十分のようだという。今、河野さん、佐藤さんは、この「谷ごと牧場」方式なら、年とっても死ぬ まで好きな牛飼いができると夢と希望をふくらませている。

 この「谷ごと農場」は、手間がかからずコストも下げられるように地域全体の土地を上手にまわし、作業も協力し合える仕組みづくりである。従来の集落営農と根本的に違うのは、個々の農家の家族労働力を生かす小力技術と結びついていることであり、また地域資源を丸ごと使う循環システムになっている点である。その結果が水田利用率173%の集落営農なのである。

まち・むら交流による生活価値の共有が地域をつくる

 この九重野地区では、水田転作にソバを取り入れている。このソバの販売では、まち側の住民グループ「竹田市まちづくり委員会」から「おたくの地区で作ったそばを、まちで売りましょう」と手が差し伸べられた。市販の乾ソバは、安い外国産が使われることが多いが、九重野ソバは100%地元産。試作品は「風味がよくおいしい」と好評だった。

 竹田市商工会議所の姫野勝俊会頭はその事情を「これまで商店街は農家をたんなる消費者としか見ていなかった。しかし、今後はむらの農産物や加工品をまちで売るようなシステムをつくり、まちとむらが一体となって地域を考えていかなければ、観光客にとって魅力ある商店街にはならない」と説明している。2000年秋には地元の商店主や竹田市の出資で、株式会社「まちづくり会社むらさき草」が発足し、空き家となっていた商家を改造した直営店で、九重野ソバの提供や加工グループのまんじゅう販売、奈良時代から伝統の紫草を使った染色体験など、竹田でできた産物で観光客へのもてなしを始めた。

 このような市町村内のまち・むら連携の動きが各地で起きている。消費者も安全で新鮮な食べものが欲しいだけではなくなった。メダカやドジョウがいる田んぼの米、それだけでなく生きものが共生している空間と物語を求めている。農家の日常生活のなかにある食べものを、その食べものをつくりだす技とともに知りたいと思っている。  地域の農家と住民が生活価値を共有し、新しいコミュニティをつくるという「新コストダウン」の第三のポイントの条件は大きく広がっている。新しい地域社会は農村から生まれる。

 

(農文協論説委員会)

注1 現代農業2000年1月号巻頭特集「後継者が続々生まれる時代が来た」、農村文化運動157号「JA甘楽富岡のIT革命」参照。
注2 現代農業2000年12月号316ページ、増刊現代農業2001年2月増刊「不況だから元気だ」118ページ参照。


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