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農文協トップ主張 2001年2月号

暮らしを守り地域をつくる

品種を活かした
「新コストダウン戦略」

目次
◆コスト低減と「付加価値」の向上を併せ持つ産直時代の「新コストダウン戦略」
◆品種の力を活かした新コストダウン
◆転作を加工と結びつけて新コストダウン
◆地域密着型の補助金活用で新コストダウン
◆豊かな自給で「生活の場」を守る

コスト低減と「付加価値」の向上を併せ持つ
産直時代の「新コストダウン戦略」

 経済の状態を示す言葉に、インフレとデフレがある。インフレはモノが不足状態の中で産業がどんどん発展する状態であり、デフレは生産が過剰になり価格引き下げ競争が激化する状態である。農村からみれば、産業化が進み都市の人口が増加し、これを支えるために食糧増産が図られるのがインフレ期であり、戦後の高度経済成長はまさにインフレ時代であった。そして今、農村は全般的なデフレ状態にある。「過剰」基調の中で農産物価格は低迷している。その大きな要因になっているのが、農産物輸入の大幅な増加である。

 インフレ時代とデフレ時代とでは、農家の経営も国の農政も変わらなければならない。これまでも農村がデフレに襲われたことが何度かあったが、これを農村はどう乗り越えてきたか。玉真之介氏(岩手大学教授)は、明治末から大正初期のデフレ期にとられた副業奨励政策や昭和恐慌期の農山漁村経済更正運動にふれつつ、デフレ期の農政の特徴として以下の5点をあげている。

 「デフレ期の日本農政が農産物価格の下落防止の努力と合わせて示した特徴は、第一に農業も諸々の実業の一つとして把握する総合性である。第二は、中央計画を廃して各地域の実情に立った計画の樹立である(経済更正運動では、各戸計画、集落計画が町村計画と一体にされていた)。第三は、地域における有用資源の発掘と有効活用の追究である。第四に、勤労と倹約を基礎にした小さな合理化・工夫の積み重ねである。第五に、依存意識を排した自力更生の精神である」注1)。

 ここにみられるのは、単なる「質素」「節約」ではなく、地域資源の活用による自給と実業の形成、そして自立的な地域づくりへの強い意欲であり、このことは、現代の課題と共通する。そして現在は当時よりも、農村にある内発力は比較にならないぐらい大きい。農家・農村が主体になり農政を巻き込んで経営と暮らしを守り、地域をつくる条件は大きく広がっている。

 最も依拠すべき条件は、大きな広がりをみせる産直である。都市民の農業・農村への関心はかつてないほどの高まりをみせ、食品の安全性への希求とあいまって地産地消を基本とする産直が全国津々浦々に広がり、そこでは流通コスト削減とともに、農家の都合と消費者の都合が折り合う形で、「関係性の農産物価格」が形成されつつある。

 そして転作・加工である。産直の展開の中で転作物を生かした農産加工が急速に広がりつつある。家族の健康のための自給的な加工から女性グループによる加工・販売、さらに地元の豆腐屋さんなど加工業者や商工会と連携した加工まで、「副業」とはちがった新しい「実業」=農業の六次産業化が興り、生活創造型産業として農業の「総合性」を回復する動きが進んでいる。

 このことが、「新しいコストダウン」を可能にする。「新しい」としたのは、コスト低減だけでなく産直・加工という有利な条件を活かして「付加価値」を高めることを併せ持つ、新しい方式だからである。産直・加工の広がりは「新しいコストダウン」の豊かな展開を準備している。

 ここでは、品種の力を活用した「新コストダウン戦略」について、考えてみよう。

品種の力を活かした新コストダウン

 今月号の251ページに「イネの混植栽培」の記事が載っている。北海道ではきらら・ほしのゆめ・はなぶさ、秋田ではササ・あきたこまち・ひとめぼれという具合に、3〜4品種を混ぜて育てるという常識破りの方法だ。異なる品種が競い合うせいか、生育が早くなり、不思議と出穂が揃い、出来たコメは深い味わいがあるという。病気や倒伏にも強く減肥・減農薬で増収効果もあるからコストダウン効果が大きい方式だが、検査上では品種が「その他」になり、通常の販売方法では価格が安くなってしまう。しかし、産直ならその魅力をアピールし、高価格で販売することができる。産直によって可能になった、品種を生かした新しいコストダウンの一つの方法である。

 インフレ期の大量生産・大量流通のもとで品種の単品化、単純化が進んだわけだが、産直という小さな流通では、品種の組み合わせや多様化によってその力を活かすことが重要になる。このところ見直しの動きが急速に広がっている固定種・在来種の活用もその一つである。

 品種によるコストダウンというと、これまでは大量生産むきの、均一性、耐病性、増収性をもつ広域品種によって生産効率を高めることと考えられてきた。その行き着く先が、遺伝子組み換え品種である。遺伝子組み換えによって耐病虫性を強めたり、除草剤耐性のあるダイズやトウモロコシをつくる。除草剤に負けない作物ならヘリで除草剤を散布できるから極めて省力的で、その結果、労働生産性の向上によるコストダウンができるというわけだが、都市民との関係から生まれる「付加価値」はここにはない。固定種・在来種はこれとは対照的である。

 (財)自然農法国際研究開発センターでは、今、有機農業むけの品種づくりに取り組んでいる。現状の市販品種の多くは、施設栽培や多肥条件にむき、そうした条件では揃いがよく品質も収量も高いが、「最適条件で育成された品種は不良環境に弱く、資材や肥料を使わない栽培ではストレスを起こし、特性がうまく発揮できない」。そこで、自然農法による無耕起栽培で育種を進めているのである。少肥で疎植・無整枝仕立てにむき、ウドンコ病に強い初夏まき夏秋キュウリの品種、米沢の在来種から選抜した長期貯蔵できる冬至カボチャ、エキ病に強く着花がよい露地用トマトなどの品種がつくられている。いずれも、少肥の露地栽培むきの品種で、収穫物の姿・形に多少のばらつきがでやすいが美味しく、自家用や直売用にむく品種である。また自家採種ができ、これらの品種からその土地にあったオリジナル品種がつくれるなど、F1品種にはない魅力がある。自家採種で種代を減らし、資材費を減らすとともに、個性的な味で産直・直売所の魅力を高めることが期待できる、新コストダウン向け品種といえよう(126ページ)。

 新コストダウンは、積極的に地域の資源を活かすことで成りたつ。そして固定種・在来種は、地域の資源を活かす地域資源そのものなのだ。

転作を加工と結びつけて新コストダウン

 さて、農村での「実業」を考えた場合、今日、カギを握っているのが転作であり、転作を加工と結びつけることである。ダイズ、ムギなどを定着させるうえで増収はもちろん大事だが、それだけでは難しい。転作を加工と結びつけ、付加価値を高める労働によって手取りを増やすのが、新コストダウンの重要戦略になる。

 長峰敬氏ら(中国農試)は、中国地方の中山間地域での現地実証試験をもとに、委託加工で乾麺にして販売した場合の有利性を計算している。これによると、10アール分の総コストは13万3656円(生産コスト5万4706円+製粉コスト4万7880円+製麺コスト3万1070円)、販売金額は25万8000円(乾麺1束.250グラム300円×860束)、差し引き10アール当たり12万4344円の利益が上がるとしている。

 この場合、小麦の品種は成熟が早いイワイノダチなどを用いて生産を安定させ、有利に販売するために石臼製粉でつくった「黒い乾麺」とする。黒い地粉は、健康に役立つと言われる食物繊維やポリフェノール、ミネラルが、外麦主体の市販の白い粉より多い。こうした特徴をアピールして「道の駅」や「ふるさと小包」などを利用した産直を行なう。消費者へのアンケートでは、石臼の粉特有の豊かな風味(香りと味)に加え、健康面も評価されて好評の声が寄せられているという。加工業者と連携すれば、加工施設への投資の必要はなく、手取りを多くすることは可能である(178ページ)。

 そして加工では、原料生産とは違った形で、品種の力が生きてくる。

 加工業者とのネットワークで、味噌、納豆、きな粉、炒り豆などダイズの加工・販売に取り組んでいる秋田県大潟村の芹田省一さんは、大粒品種のリュウホウをメインに、青ダイズ(在来種など)、黒ダイズを組み合わせている。青や黒のダイズが加わることで商品と味の幅が広がるという。一方、大粒品種は、選別すると大粒も中粒もとれ、そこで大粒は豆腐や炒り豆やきな粉用に、中粒は納豆や味噌にと、粒の大きさによって用途を変えている。黒豆も、小さいものは通常の売り方では商品価値がなくなるが、加工業者と結びつくことで味噌や納豆に変身する。

 青ダイズや黒ダイズをつくることで、こんなおもしろいこともおきる。まれに自然交配するらしく、青ダイズの青色の中に黒い斑点が混じった豆ができたり、黒ダイズの中に粒が黒豆並みに大きい白い豆ができたりする。仲間にはわざと品種を混植する人もいて、そんな中から新しい豆が生まれ、加工の幅がもっと広がるかもしれないと、芹田さんは夢をふくらませている(164ページ)。

地域密着型の補助金活用で新コストダウン

 中国農試の事例研究も芹田さんの場合も委託加工による展開だが、加工場を造って自ら加工・販売する場合は、地元での販売・消費を基本とし、加工場や加工施設が過剰投資にならないよう、充分に研究することが重要になる。

 そしてもう一つ、各種の補助制度をうまく活用することだ。たとえば、昨年12月号(316ページ)で紹介した大分県竹田市久重野地区では、集落営農にもとづく「直接支払い制度」の交付金を加工場の建設や販売経費にあて、集落ぐるみで加工・販売の取り組みを進めている。「交付金は守りではなく、攻めに使う」と「久重野地区担い手育成推進協議会」の後藤生也会長はいう。

 同協議会ではダイズやソバの集団転作に取り組み、耕地利用率は173%にもなっているが、そのまま売ったのでは所得は上がらない。そこで目をつけたのが直接支払い制度だ。約100ヘクタールある対象農地の交付金は1年で約2000万円、5年間の協定期間で約1億円になるが、その3分の2をプールし、加工展開にむけた「戦費」にする。1年目は約700万円を加工・販売の経費にあて、女性グループが開発した青ダイズの豆腐や地粉100%のそばの製造・販売を拡大した。生産条件が不利な中山間地に対し「食料供給や国土保全、水源涵養など農業の多面的な機能を維持するための活動を支援する制度」である直接支払い制度を活用し、近い将来、高齢化によって耕作放棄地が増えることが目に見えている状況を転作と加工によって打開する。こうして地域の農業と暮らしを守っていくことが農業・農村のもつ多面的機能を高める。補助金や公共事業のムダがマスコミをにぎわしているが、久重野地区の補助金活用は、直接支払い制度の精神に沿った大義ある取り組みである。

 各種の補助事業を地域の「実業」づくりに上手に活かすことは、新コストダウン戦略の重要な一環である。地域的、個性的な「農業の六次産業化」のために補助金を活用する、行政や農協の腕のみせどころでもある。

豊かな自給で「生活の場」を守る

 さて、話を品種にもどそう。

 コストダウンというと生産面ばかりに目がいくが、企業と違って、暮らしを含む全体の経費が農家の「コスト」である。だから自給が大事になる。そして、この自給を豊かにふくらませ、生活そのものを豊かにしていくことが、新コストダウン戦略の基本にすわる。都市民が農家の産直・加工に大きな魅力を感じるのは、それが農家の自給の延長、自給の社会化であるからである。ここでも品種が大きな意味をもってくる。

 埼玉県飯能市の野口種苗店は「時代遅れの固定種」が営業品目の大半を占めているタネ屋さんである。ここで販売しているホウレンソウの種子の袋には「昔ながらの秋冬の美味しいホウレンソウは、今では自分で播かないと食べられませんよ」と書いてある。「子どもの頃食べたあの根の赤いホウレンソウでなければ」と、多くの人々が日本ホウレンソウのタネを自家用に買い求め、西洋系F1種の何十倍も売れるという。

 「特化された環境さえ作ればどこでも同質の野菜が生み出されるF1品種が、日本の国内野菜に留まっているわけなどなかったのです」と店主の野口勲さん。近代的な広域品種の育成と広がりが皮肉にも野菜輸入の増加の大きな一要因になっているのである。「自分たちが食べたくもない野菜をつくらされるということは、固定種ではあり得なかったことなのです」と野口さんはいう。つまり、地域の在来種・固定種は、農家の自給の世界の中で、文化として引き継がれてきたのである(132ページ)。

 自給は、品種に自然と農家の暮らしの物語を賦与し、文化をつくる。そんな動きがコメでもおきている。個性的な品種を復活させたり、これに加工を加えて「コメ文化」を再興しようとする動きである。その象徴に地酒がある。

 「亀の尾」「祝」「強力」「雄町」など今、各地で、かつての品種を復活させて酒をつくる取り組みが広がっている。姫路市の造り酒屋・株式会社本田商店では、「神力」の純米清酒づくりに取り組んでいる。神力の栽培は、発足したばかりの御津北営農組合が引き受け、播州杜氏の伝統技術が活かされて酒ができる。地元では、「土米酒人倶楽部・神力(どめすとくらぶ・しんりき)という会がつくられた。田植え、稲刈り、冬酒蔵の仕込みの見学、そして、春3月の試飲。米を育て、杜氏の伝統技術に触れ、酒を飲む喜びを分かち合う会で、田植えには子どもたちも参加する。

 この神力は、明治から大正にかけて日本で最も広く栽培された品種で、育成者は当地(御津町)の丸尾重次朗である。明治維新後の窮乏する農民の生活に心を痛めていた重次朗は、還暦に近い自分に課せられた仕事としてイネの品種改良にとりかかった。垂れ下がった一つひとつの穂を手の平にのせてやりたい衝撃にかられながら、田を見回る。その時、美しい穂が3本。のぎがなく、籾が大きい穂だ。これが、その後の「神力」の原種となった。

 本田商店の本田真一郎さんはいう。「米の価格があまりに安いと農業する意欲がなくなってしまう。幸いにも、われわれ酒蔵業者は米を原料に酒を醸造している。酒にすることにより、少しは価値を上げることができると信じている。そのことがまた、苦境の時期を「神力」で切り拓いた丸尾重次朗翁の意志を現代に生かすことにもなろうかと思う。私の蔵では農家と協同でお客様に喜んでもらえる酒づくりを続けたいと思っている」注2)。

 全般的なデフレの中でおきているのは、単に経済的な苦しさだけではなく、インフレ期の負の遺産ともいえる、教育や福祉を含む「生活の場」としての地域の危機である。地元の業者や商店街も不況の影響をもろに受けている。転作・加工を活かし、品種の力を活かし、農家と地元の業者や商店街が連携し住民を巻き込んで「生活の場」としての地域を守りつくっていく。新コストダウン戦略は文化の力で地域をつくる運動である。

(農文協論説委員会)

注1 玉真之介 デフレ時代の日本農政 新基本法の歴史的位置 「増刊現代農業」2001年2月増刊(1月発売)「不況だから元気だ―小さい消費で優雅な暮らし」に掲載
注2 「地域資源活用 食品加工総覧」第七巻「味噌、醤油、調味料、油脂、酒類、菓子、ジャム」の事例(497ページ)


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