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農文協トップ主張 1993年11月

凶作=コメ輸入はもう1つの貿易摩擦への道
大増産と米価値上げで綱渡り需給調整からの転換を

目次

◆またぞろ「緊急輸入」大合唱
◆200万t輸入で「食糧危機」水準にまで価格急騰
◆日本は国際市場に「安いコメ」を求めるな
◆まず「農家経済」の救済を
◆作れるかぎりの田にコメを

まだぞろ「緊急輸入」大合唱

 大凶作。八月二十七日発表の作況指数(八月十五日現在)では全国平均九五の「やや不良」だが、これは茎数とモミ数から算出しただけの数字で登熟歩合などが反映されていない。その程度の不作ですまないことは誰の目にも明らかだ。九月に入って東北からは「不稔」の情報があいつぎ、岩手県では平均七六%が不稔、宮城県ではササニシキの六二%、ひとめぼれの四一%が不稔という。また九州、西日本も山間部の遅延型障害に加えて平野部の台風による倒伏、冠水の被害が大きい。

 食糧庁は、「今年十月末時点での在庫が三五〜四五万トン確保でき、新米も十月までには四百万トンは出回る」ために需要に不安はないとしている。しかし、今年はそれで何とか食いつなげたとしても来年はどうなるか。かりに今年が作況九五で推移したとしても、約五〇万トンの減。今年の在庫はそれだけで食いつぶしてしまう。また減反緩和の目標が今年達成できなかったことによる減が五万トン。そして五年産米の早食いが六〇万トンといわれているから、合計で一一〇万トン以上の穴があくことになる。一カ月の需要量は約五〇万トンなので、八月下旬にはコメ在庫は底をつく計算だ。しかもこれはあくまで作況指数九五での計算だし、来年も今年と同じような天候不順−不作にはならないという保証はどこにもない。

 そうした中で、にわかにコメの「緊急輸入」が議論され始めた。農水大臣さえもが、九月十四日「当分の間は心配がないが、来年が今年と同じような条件ならきびしい状況になる」と述べ、二年連続の不作になればコメの需給はひっ迫して、来年度に緊急輸入する可能性を示したという。

 一般マスコミもまた、「緊急輸入」をむしろ積極的に支持するかのような論調になってきた。

 「最終的な作況が明らかになるのは今月末だが、その時点でコメ不足が確実になった場合には、政府は緊急輸入を行なう方針を速やかに示すべきである。それが需要者の不安を静め、コメの値段の上昇にも歯止めをかけよう。近年、コメ市場開放問題とのからみで、あたかもコメの輸入をタブー視するかのような雰囲気があるが、食糧管理制度の下で政府が必要に応じてコメを輸入することには何の問題もない」「かねて私たちは食糧安保はさまざまな手段の組み合わせで確保すべきだと主張してきた。今回の不作という事態は、輸入のチャンネルを常時確保しておくことが、まさにその有力手段であることを教えていると思う。」(九月三日毎日新聞社説「生産を強化する減反政策を」)。

 おりからの円高の進行とあいまって、「足りなければ輸入すればいい。それが貿易黒字の解消にも役立つなら一石二鳥ではないか」と、農家以外の国民にはいかにも説得力のありそうな言い分ではある(論説委員氏が不作が農家経済に与える影響を一顧だにしていないことの迂闊さ、あるいは冷淡さはおくとしても)。

 しかし、緊急だからといって、不足分のコメを輸入することは「何の問題もない」ことで、「輸入のチャンネルを常時確保しておくこと」が可能であり、また食糧安保の確保にも役立つことなのだろうか。

二〇〇万トン輸入で「食糧危機」水準にまで価格急騰

 皮肉なことに、同じ毎日新聞に一週間後の九月十日夕刊に掲載された記事が、コメ緊急輸入の問題点を次のように指摘している。

 「アメリカでコメを作っている農家はたったの五万戸しかない。しかもコメを専業としている農家なんてほとんどない。日本で売れる水稲を作っているところとなるとせいぜい数千戸だろう。実際にコメの輸入がはじまれば、アメリカは価格競争でタイをはじめとした東南アジア諸国に完全に負ける。

 アメリカの圧力を受けて日本がコメの輸入に踏み切ったとしよう。数年後には日本のコメの生産は減るだろうから、もし今年のような大凶作に見舞われたら、日本は金にあかせて、他国の大切な食料を集め始めるに違いない。その方が問題は深刻になるはずだ」

 この文章は、「輸入車不振は日本の責任ではない」と題する自動車愛好家のための連載コラムにあった。筆者は、「自動車評論家」の肩書きをもつ国沢光宏氏。「貿易交渉でコメと自動車が似た問題として追求された時、キチンと受け答えのできない日本政府を見ていて腹立たしい思いをしたので」このことを書いたのだという(自動車については、日本で輸入車が国産車よりも高いのは関税のせいではなく、売る側の都合で高い価格をつけているからであり、日本は自動車に対する関税はゼロという、他にはほどんど例のない国である、と述べている)。

 日本が金にあかせて他国の食糧を買いあさることによって生じる問題とは何か。昨年七月号の本誌「主張」は、つぎのように述べている。

 「日本がコメを輸入するということは、世界に一一〇〇万トンしかない輸出にまわるコメを、カネの力で強引に買い付けることである。国際価格をつり上げることになり、買えなくなる国々がアジアやアフリカなどで続出する」と。さらに昨年農水省が打ち出した「新政策」には、はっきりと、「経済力にまかせて食糧輸入を拡大し、国内生産を縮小させていくことについては、『食糧輸入発展途上国の食料調達を困難にするもの』(略)などの国際的批判を惹起するおそれがある」と述べている。

 これは仮定的なシミュレーションにもとづいた憶測ではない。日本が一〇〇万トン単位で買い付けを行なうと世界市場がどうなるか。じつは貴重な前例があるのである。

 農文協の『データブック世界の米』や『食糧・農業全集第三巻 飢餓と飽食の構造』に掲載された、コメや小麦、大豆、トウモロコシなどの国際価格の変動を示す折れ線グラフを見ると、コメの価格変動は他の穀類と比べて「乱高下」といってよいほど突出して凸凹が激しいことがよくわかる。その中でも、一九七四年と一九八一年の二つの山がひときわ目立つ(七四年は前年がトン当たり二〇〇ドルだったものが六〇〇ドル以上に、八一年は前々年三〇〇ドルから前年四〇〇ドルそして五〇〇ドル以上に)。七四年はいうまでもなく前年のアメリカ穀物禁輸措置と第一次オイルショックを受けての高騰である。それならば八一年の山はどうして生じたのか。

 じつはこれには、私たちの記憶にも新しい八〇年(昭和五十五年)の冷害がからんでいる。ただし、直接の引き金は日本のコメ不足ではなく、韓国のそれだ。韓国では、コメの自給は国是といってもよいほどの至上命題だが、七八年のイモチ病の大発生、七九年の天候不順と病害、八〇年のわが国同様の大冷害によって農家は大打撃を受け、一時止まっていたコメの輸入を七九年から再開し、七九年五〇万トン、八〇年五八万トン、そして八一年に二二五万トンを輸入しているのである(ただし韓国は備蓄が底をつきそうになってあわてて始める日本と違い、一〇〇万トン程度の備蓄があっても輸入する)。

 コメの世界市場流通は一一〇〇万トン程度。世界生産の約三%しかないといわれる。また一国で一〇〇万トン以上輸入している国はほとんどない。そこに一〇〇万トン程度の新しい需要が生じると、これだけの価格変動が起きてしまう。

 またその価格変動が引き起こすものは何か。直接の因果関係は確認できないが、八一年前後には三一〇万トン前後で推移しているアフリカ全体のコメ輸入が、八一年には約二六〇万トンに落ちこんでいる。さらにまた、八一年時点のトン当たり五〇〇ドル強という価格を、今日の一ドル一〇〇円時代の感覚でとらえてはならない。当時は一ドルがまだ二五〇円の時代であり、それ以降もまたアフリカや東南アジアの国々の多くはインフレと低い為替レートで苦しんでいる。今後日本が強い「円」を背景に国際市場から買い付けを進めるとすれば、コメを必要とする貧しい国の人々は、価格高騰それ自体と、外資不足、極端に低い為替レートによって、二重にも三重にも苦しめられることになるのである。

 貿易摩擦といえば先進国、とくにアメリカとの摩擦ばかりが問題にされるが、貧しい国々との間に起こるこのような摩擦にも目を向けなければ世界の調和はありえないのである。

日本は国際市場に「安いコメ」を求めるな

 ではなぜそのようにコメの国際価格には弾力性がないのだろうか。『データブック世界の米』の著者である小田紘一郎氏は、本誌昨年七月号の「世界のコメは自給が主体」で、コメと他の農産物貿易の違いとして以下の点をあげている。

 第一にコメの世界貿易量はきわめて少なく、世界生産量の約三%に過ぎないこと。小麦の一五〜二三%、トウモロコシの一二〜二一%にくらべて著しく低い数字である。その理由について小田氏は、「生産されたものは基本的に国内消費に回され、その残りが国際的に取引されることによる。このため国際コメ市場は限界的性格を有し、残余市場、狭い市場としての特徴を有している」と述べている。

 また第二に、輸入量の約五〇%がアジアへ、二五%がアフリカへという、世界でもっとも貧しい国々の需要がほとんどであること。

 第三に、輸出国はタイ、アメリカ、ベトナムという特定の国に集中していること。

 第四に、ベトナムの輸出量の急進が著しいこと。

 第五に、貿易の主流は長粒種が主体であって、日本向きの円粒種の生産・貿易はきわめて少ないこと。

 第六に、世界のコメ生産第一位を占める中国において、最近生産の振幅が大きく、時に輸入国に転落することがあること’八九年八二万トン輸入)。

 以上の特徴を押さえた上で小田氏は、「国際コメ価格の変動が著しく大きいことは、米市場がきわめて不安定市場であることの如実な証明である。必要な時、必要な量を安定した価格で、しかも安全性をも考えて買い付けできるような国際市場に米の場合はなっていない、という客観的事実をわれわれはしっかり認識しておく必要がある」と結論づけているのである。

 そして今年から来年にかけての世界のコメ事情はどうなっているか。

 世界のコメ在庫はどんどん減っているという(91/92年の繰越は五四九〇万トン、92/93年が五二四〇万トン、93/94年が四五六〇万トン)。インド、ミャンマーなどでの増産が見込めるものの、中国で九〇〇万トン程度の減産、アメリカも四〇万トン程度の減産といい、世界の総生産は前年度比〇.一%減の三億五〇〇〇万トン。消費は三億五七〇〇万トンで、四五六〇万トンの在庫を食いつぶすしかなくなっている。

 そういう状況下で日本が安易な「緊急輸入」を選択すれば、日本にとって「安いコメ」が確保できたとしても、慢性的な食糧不足に悩んでいる貧しい国では価格の高騰どころか、食糧暴動すら起きかねない。平和のための「国際貢献」の手段はPKOだけではない。内乱や紛争が起きる以前に、それぞれの国が安定して食糧を確保できるよう、コメが自給できる国では可能な限り自給を追求することのほうが、本質的でかつ緊急の課題である。「輸入のチャンネルを常時確保しておくことが食糧安保の有力手段」ではないのである。

まず「農家経済」の救済を

 さらにもう一つはっきりさせておかねばならないことがある。それは不作時に登場しがちな「不作の原因は天候だが、根本には農家の兼業化、高齢化の進行にともなって稲作農家の弱体化がある。この際、安易な米価値上げなどはやめ、稲作専業の中核農家の育成に努めるべきではないか」という論調への反論である。

 冗談ではない。いったい日本のコメを誰が作っていると思っているのだろう。コメ作りの主体は圧倒的に兼業農家であり、高齢化した農家であり、母ちゃん主体の農家ではないか。そればかりか、それぞれの主体がその条件に合わせ、うまいコメ、安全なコメ作りのさまざまな稲作技術を開拓してきたことで、農家と消費者の相互理解はかつてないほどまでに高まっている。大多数農家の意欲を削ぐような政策で、本気でコメ不足を乗り切れると考えているのだろうか。何年も続いた米価据え置き、引き下げの中で、多様な農家の多様な努力がなかったら、とっくにコメ不足は現実化していただろう。農基法以来三〇年かかってできなかった「自立経営農家」「中核農家」の育成という政策目標が、それだけでは日本農業の現実には即さないものだと分かったからこそ、昨年農水省は「新政策」で「経営感覚に優れた経営体」と兼業農家、高齢農家、婦人農家などの多様な経営体との共存を打ち出したのではないか。

 また先に引用した毎日新聞の社説にも見られるが、マスコミ論調には「農家経済」という視点がまったく欠落している。農家が経済的に立ち行かなくなったら、誰がコメを作ると考えているのだろう。これまではコメが安くても野菜があったし、畜産があったし、果樹があった。それでも稼ぎが少なければ出稼ぎに出た。そうしてコメを作り続けてきたのである。今年は農産物は天候不順でダメ、畜産は「自由化」でダメ、出稼ぎも不況でダメ。こんなとき、価格を政策で決められる唯一の作物といってよいコメの値段を上げて農家を激励することなしに、どんな危機克服の対策があるというのだろう(コメ以外の政府買い入れ作物の価格も上げるべきであることは当然だが)。

作れるかぎりの田にコメを

 以上見てきたように、「コメ不足」を乗り切るために今なすべきことは、断じて「緊急輸入」を論議することなどではない。

 なすべきことは第一に、「減反緩和」などという二〇年前の「古米処理」感覚にのっとった増産政策ではなく、作付け可能な田んぼのすべてにコメを作るにはどうしたらよいかを検討することである(それにはこの秋、早場米地帯の二番穂収穫を積極的にすすめることも含まれる)。しかもそうして作ったコメは、八四年(昭和五九年)の韓国米緊急輸入時のような主食用を他用途米として買い上げる用途別集荷のような姑息な手段ではなく、堂々と主食用価格で買い上げることである。

 第二に、火急の農家経済を救うために、内需拡大=緊急経済対策予算の一部を災害復旧など名目はどうあれ農業・農村を重点的に、しかも細かく振り向けるべきである。農家の経済的な苦況はストレートに地方経済に影響する。巨大公共投資はゼネコンなど一部大企業が先に潤い、全体に波及するには時間がかかるが、地方に細かく配分すれば多数が、しかも早く潤う。これは景気刺激策としても有効なことなのだ。

 第三に、来年度の米価は可能かつ合理的なかぎり引き上げることを早期にあきらかにすべきである。そのことをマスコミは別としても、多くの消費者は支持するだろう(すでに緊急輸入反対を明らかにしている団体も多い)。「自動車評論家」の肩書きのある人が、農業の特異性を理解し、コメ輸入に警告を鳴らす立派な見識をもつ時代なのである。

 幸いなことに、予想される「コメ不足」は歴代自民党農政の結果であって細川連立政権の責任ではない。自民党政策の継承・発展ばかり言っていないで、誰の目にも明らかな「失政」に対しては、一八〇度転換の政策を打ち出して、政権交代の意味を示してほしい。

(農文協論説委員会)

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