「総合的な時間」の総合誌
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食農教育  
農文協食農教育2009年7月号
 

食農教育 No.69 2009年7月号より

親子で盛り上がっています アリジゴクの自由研究

千葉・我孫子市 味岡怜奈ちゃん

おばあちゃん、おもしろーい!


怜奈ちゃんの自由研究。左から1年目と2年目(パート2)が県の優良賞、3年目(パート3)が県の入選(小倉隆人撮影)

 おばあちゃんの清子さんがお寺の軒下を指差し、「ほら見てごらん。知ってる?」と聞く。小学校二年生の怜奈ちゃんにとって初めて見る、奇妙な形をした土のクボミがたくさん。「何? コレ。知らない」と、そのうちのひとつに手を伸ばした。

 すると、その手をおばあちゃんが止め、「アリやダンゴムシを捕まえてきて、落としてごらん」という。怜奈ちゃんがアリを捕まえ、そのクボミの中に落としたとたん、クボミの底からシュッと土が噴き出した。動き回るアリにシュッ、シュッと土がかかる。「わあぁ。おばあちゃん、おもしろーい!」

 平成十八年五月、おじいちゃんの実家がある岐阜県恵那市明智町でお葬式があった。子供にとってお経を聞き続けるのはつらく、その後に出される料理もなじみにくいものばかり。そこで、おばあちゃんがお母さんの美奈さんと一緒に、怜奈ちゃんと弟の健斗くんを外に連れ出したのである。

 クボミのシュッ!に目を丸くする怜奈ちゃんと健斗くん。さらに「それを土ごと、手ですくってごらん」というおばあちゃん。すくった土を広げ、小さな土塊のようなものを一つまみ、怜奈ちゃんの手の上に置いた。「これ、“アリジゴク”っていうんだよ」

 そのとき、うしろで黙って見ていたお母さん。「本当は、わたしのほうが子供たち以上にビックリ。シュッと土が飛んで『中に何が入っているの?』、初対面のアリジゴクに『こんな虫がいたんだ!』、死んだフリのアリジゴクがしばらくして再び動き始めると『後ろ向きに歩くんだ……』ってね」

アリジゴクって、かしこーい!

 明智から我孫子に戻ってきて間もなく、怜奈ちゃんはお母さんと一緒に近くのお寺をまわることにした。二人で「夏休みの自由研究はアリジゴクにしよう!」と決めたからである。明智のお寺と違って、コンクリートで固められた軒下が多い。それでも「必ずあるはず」という眼で探すうち、アリジゴクの巣を発見。

 さらに「お寺のような軒下はないけど案外、雨の当たらないところならいるかもしれない」と、公園に行ってみるとバッチリ。滑り台やベンチの下にたくさんの巣が……。それも前に見たものより大きな個体が少なくない。今まで何度となく遊びにきていた公園だが、アリジゴクの巣にはまったく気がつかなかった。

 持ち帰ったアリジゴクは「どんな形なんだろう?」とルーペでのぞくと、鋭いキバが見える。「どうやって起き上がるんだろう?」と引っくり返せば、頭を大きく後ろに反らせて体を浮かせ、素早く起き上がる。「どうやって巣を作るんだろう?」と土の上に放すと、まずはあちらこちら歩きまわる。気に入った場所が見つかると、お尻から土の中にもぐり、円を描きながら土を飛ばし、すり鉢状の巣ができていく。

 そこで、お母さんが発見。よく見ると、アリジゴクの頭は小さいが平たく、土を乗せやすいようになっている。そして、飛ばされた土は大きな粒ほど巣から遠くに、小さな粒ほど近くに落ちる。頭をフルイのように使うのだろうか。「そうやって、巣の周りが細かいサラサラの土になっていくなんて、かしこーい!」

 何か新しいことがわかるたび、お母さんと怜奈ちゃんは一緒に盛り上がり、また次の観察・実験について話し合った。


●土の状態による巣作り実験


アリジゴクを放して、どこに巣を作るか?(カッコ内は巣の数)「細かく乾いた土」という予想に反し、「砂場の砂」が多かった(「アリジゴクのけんきゅう」より)

●いろいろな粉での巣作り実験


なぜか小麦粉を除き、すべての粉で、すり鉢状の巣が作られた(「アリジゴクのけんきゅう」より)

●ウスバカゲロウ羽化の観察


土の玉(マユ)を見つけたので別の容器に移したら18日後に羽化(「アリジゴクのけんきゅう」より)

●アリジゴクは力持ち?実験

アリジゴク(体長13mm)の巣に重さ3gの石を落としたら、遠くまで投げ飛ばした(「アリジゴクの研究 パート2」より)


同じ虫による三年連続の県出展

 二人は図書館で関連書籍をあたり、ネットで情報を集めるだけでなく、わからないことは専門家に手紙を書いた。当時、宮城教育大学の大学院生だった小畑明子さん(二六頁からの記事参照)は「女の子が関心を持ってくれて、うれしい」とていねいに返信をくれた。女の子の自由研究は植物や星座が、虫でもチョウやカイコが多い。

 アリジゴクはエサなしでも三ヵ月間生きられ、ずっとエサがかかるのを待ち続ける。エサが巣にかかると土の振動をたくさんの体毛で感じ取り、土を飛ばしてエサを巣の底に追い込む。鋭いキバで捕らえたエサは、そこから酵素を注入し、ドロドロに溶かした体液をキバから吸い取る。幼虫時代の三年間は排便せず、ウスバカゲロウへと羽化するとき、まとめて排便する。見た目には地味だが、とてもユニークな虫だった。

 夏休みが終わって、怜奈ちゃんは体のつくりから巣の作り方、羽化のようすまで、自分でつかんだ生態のおもしろさを、そのまま盛り込んだ「アリジゴクのけんきゅう」を提出。これが小学校で選ばれて我孫子市の作品展に出され、それが東葛地域の作品展に行き、さらに千葉県の作品展で優良賞をとった。たしかに二人とも一生懸命だったが、まさか県の賞までもらえるとは……。報告を聞いたおばあちゃんがとても喜んでくれた。

 「もっと深く掘り下げよう」で取り組んだ、二年目(三年生)の「アリジゴクの研究 パート2」も県の優良賞。三年目(四年生)の「アリジゴクの研究 パート3」は惜しくも賞を逃したものの県出展。普通なら着眼点が尽きてしまうであろう、同じ虫による三年連続の県出展は珍しい。

親の興味津々が子供たちに響く

 じつはお母さん、かつては虫が苦手だった。お父さんの宏昌さんは夏になると、夜中から虫カゴとアミとLEDライトを持って、友達と公園に繰り出すほどの甲虫ファン。お父さんが持ち帰ったカブトムシを見るたび、お母さんは「そんな気持ちの悪いもの……」と後ずさった。

 それがアリジゴクをキッカケにして、今ではダンゴムシや地グモなど、ありとあらゆる虫に手が伸びる。虫だけでなく、草花や樹木など、前のめりに関心が広がる。そんなお母さんの興味津々が怜奈ちゃんたちに響くのだろう。健斗くんも昨年は自由研究「ダンゴムシとワラジムシの比較」で、県の優秀賞をとった。

 上の表のように多様で豊富な地域名からして、アリジゴクは人々にとって昔から身近な存在であった。今は家屋の構造が変わって縁側がなくなり、アスファルトやコンクリートで土がふさがれ、身近にアリジゴクが棲みにくい環境になった。しかし、じつは公園の滑り台やベンチの下などへと棲まい方を変えながら、人々の近くで暮らし続けている。

 ただし、アリジゴクの繁殖(カゲロウの交尾)が森林と関係しているせいか、郊外のほうが巣はたくさん見つかるようだ。我孫子は東京都心から電車で四〇分くらい、ウン十階建てのマンションがいくつも並ぶ街だが、郊外には田畑が広がり、かつての里山も残っている。

 取材中も「小さな幼虫が意外と大きな巣を作るんだね」などと夢中になる二人。今年、パート4に挑戦するかどうか思案中だが、二人の「驚き力」は健在である。

※カラー口絵の「近くで見つける、おうちで育てるアリジゴク」もご覧ください。


農文協食農教育2009年7月号

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