食農教育 No.63 2008年7月号より
図1 鳥海山の頂上部分をつくる子どもたち体験から生まれる算数2
鳥海山から生まれた積分的な発想
山形・酒田市立松原小学校 大井康嗣
鳥海山の模型をつくる
四年生の社会科の授業でした。地図の勉強で等高線について扱ったときのことです。地元には鳥海山があります。「出羽富士」と呼ばれる姿の美しい標高二〇〇〇メートルほどの山です。私たちの学校は、その鳥海山のふもとに広がる庄内平野にあります。
こんな素敵な場所に住んでいるのだから、鳥海山の模型をつくってみようか……。そんな気持ちでこの授業をはじめました。
子どもたちに、頂上部分のいちばん楽しそうな部分をつくってもらおうと考えた私は、すそ野の部分を、放課後、一人でつくりました。これがなかなか手強い。結局、丸一週間かかりました。
しかし、手間暇かけたものは、かけた分だけいいものができます。頂上部分がない模型を見て、子どもたちは意欲満々です。早く模型を完成させたくてうずうずしています。
模型にしないと見えないこと
地図から写した等高線に沿って、段ボールを切り取っていく作業です。高度一〇〇メートルごとに一枚ずつ切り取っては重ねていきます。なかなか大変な作業でした。子どもたちは一枚ずつ重ねては眺め、こんなことを言いはじめました。
「ここから何か流れたような跡がある」。
それは、山の中腹から日本海に向かって何か流れ出したように、そこだけ周囲より少し高くなっている部分でした。調べてみると、縄文時代に噴火した「猿穴溶岩」の跡だとわかりました。地図を見たときには気がつかなかった溶岩の跡が、模型にすると見えてくるのです。その溶岩の跡を、粘土でつくって段ボールの模型の上に置いてみました。ドロドロに溶けた熱い溶岩が、海の中まで流れている様子が、実感をともなって伝わってきます。
「ジュって音がするみたい」「わあ、親戚の家も埋まっちゃった」「鳥海山、今噴火したらどうなるんだろう」。模型を見ながら子どもたちは、「今噴火したら」と想像しはじめていました。
図2「猿穴溶岩」の跡を粘土でつくって模型の上に置いてみた 図3 方眼のマス目1個分に満たない部分の面積の計算法 図4 子どもたちが考えた「デジタル式」の面積の計算法見えない数を見る「デジタル式」発想法
子どもたちが抱いた疑問を解決するためには、どうしても溶岩の流れた面積を求めなくてはなりません。そこで、溶岩を方眼用紙に写し取り、方眼のマス目を数える方法を教えました。一個に満たない部分は、合わせて一個分になるように組み合わせて数えます。
これがなかなか大変です。グループで手分けしている子どももいました。そんななかで、面白い方法で面積を求めた班がありました。
図4のように少しでも欠けている正方形を除いて数えた場合の数をAとします。次に、少しでも境界線に入っている正方形を全て数えた場合の数をBとします。求める面積はAとBの平均、すなわち(A+B)÷2で求められるという考え方でした。
子どもたちは、これを「デジタル式」と名前をつけました。なるほど、全てか無か、デジタルな考え方です。そして、平均の考え方です。まだ習っていない平均の考え方を編み出していたのでした。確かにこのほうが早くできますし、迷わなくてすみます。
しかし、平均の考え方は、実際にはない数を、AとBの間に見なくてはなりません。それが見えるというのは、なかなか大したものです。
でも、私が本当に驚くのはこのときではなく、この子どもたちが、翌年、五年生になってからのことでした。
台形の面積を積分的発想で考える子どもたち
それは、台形の面積を求める公式を勉強していたときでした。台形の求積公式は、
「(上底+下底)×高さ÷2」
です。その説明として、合同な台形を二つ組み合わせ、できた平行四辺形の半分の面積が、台形の面積であることを使って導き出します。ほかにもいく通りかありますが、台形の形をほかの図形に置き換えて説明するというのが、ほとんどです。
しかし、この子どもたちは、非常に面白いことを言うのです。こんな説明でした。
「平行四辺形の上の辺と、下の辺がだんだん違ってきたのが台形だとすると、台形の上底と下底の平均の長さが、平行四辺形だったときの底辺だと言える。だから公式は、
『(上底+下底)÷2×高さ』
になる」。なるほど、上底と下底の平均の長さを見ていたのです。
台形の面積を求めるのに、平均や積分に通じるような発想を、どこで身につけたのでしょうか。
私はこの説明を聞きながら、一年前にやった鳥海山の授業のことを思い出していました。溶岩の面積を求めるために、平均の考え方を使って説明したあのときの発想が、台形にも応用されたのではないでしょうか。
さらに、段ボールを一枚ずつ重ねていくことによって、全体の山の形ができあがるという活動を、時間をかけて、自分の手でやったことが、積分に通じる発想を生んだのではないかなと思うのです。そのときにはわからないのだけれど、後から確かな力となって現われてくる算数的な発想、それが良質な体験活動から生まれてくるのではないでしょうか。
そう考えると、すそ野の部分を丸一週間かけて放課後つくったことも、猿穴溶岩のことを調べに高校の地学の先生を訪ねたことも、決して無駄ではなかったと思えるのです。
良質な体験活動とは?
ところで「良質な体験活動」と、つい書いてしまいました。何が良質で、何がそうでないのでしょうか。それを一言で言えば、「無駄に汗をかくこと」だろうと思っています。鳥海山の模型も、つくらなくてもすむはずですし、台形の授業でも、何も教科書以外の方法で公式を導き出すことをわざわざしなくてもいいのです。ともに「無駄な汗」をかいています。私はこの「無駄な汗」をかくような活動が、良質の活動なのではないかなと思うのです。
次回は「無駄な汗」について考えていきます。
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