「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2008年1月号
 

食農教育 No.59 2008年1月号より

食育の組織づくり

子どもの実態が見えて、教職員一人ひとりの持ち味が生きてきた

明石市立松が丘小学校

 昭和四〇年代に誕生したニュータウン・明舞団地内にある学校。周囲は公営住宅やマンション、一戸建ての家が立ち並ぶ住宅地で、農地はまったくない。児童数四五四名。ほとんどが核家族で共働きの家も多い。中国帰国子女や、外国籍の親など国際色豊かであり、経済的な支援の必要な家庭も多い。

 平成十七年度、十八年度兵庫県の食育推進モデル校、平成十九年度は食育実践校に指定。研究テーマは「食を通して人とふれあい、豊かな生活を切り拓く子の育成〜食を見つめ、食を楽しむ〜」。


 松が丘小学校が食育を本格的にはじめて三年目。食育がはじまって、子どもが変わったという。では、どこが変わったのだろうか。保護者のみなさんにうかがった。

左から浜脇さん 子どもは5年女子(双子)、1年男子
長峰さん 6年男子、4年女子、1年男子
渡部さん 3年女子、幼稚園年長女子
左から井口さん 6年男子、1年女子
森林さん 6年男子、3年女子、幼稚園年長男子

うちの子どもは食育でこう変わった 保護者座談会から

──まずは家でのお子さんのようすから。

森林 上のふたりは給食大好き。

長峰 うちの子どもは給食で好きになったメニューを家でつくると、おかわりするようになった。

浜脇 卵はきらいなのに、給食のかきたま汁は食べる。

長峰 娘はブロッコリーがきらいだけど、二年生のとき自分で育てたブロッコリーはシチューグラタンにして食べた。六年の子はホウレンソウがきらいなのに、やはり育てたときは食べた。

井口 一年の子は、いまラディッシュを育てている。その間引き菜をもって帰ってきて、自分で洗って食べるというから、ドレッシングでもかけて食べるのかと思ったら、水につけておいてそのまま食べたのには驚いた。ソバの種ももらってきたので、家でもベランダで育てて、間引き菜を食べている。

──松が丘小が食育に力を入れていると意識するのは、どういうところですか?

井口 さまざまなお米を学校で食べ比べたときに、インディカ米を炊いてみたいと学校から持ち帰ったことがあったのね。私は衣食住の教育は家庭がすることだと思うけど、学校でこういう食の新しい体験をさせてくれるのはありがたい。

浜脇 食育の基本は出されたものをきちんと食べる。それから自分で食を選ぶことができるということかな。弁当だって自分でつくることができるようにする。いま学校では、その手前の弁当をつめることからはじめている。

渡部 朝食のときに子どもが「おかあさん、野菜がないよ」というようなことをうるさく言うようになった(笑)。インゲンでも朝市のインゲンはちがうとか、何もつけないで食べるのがおいしいとか。

浜脇 自分でごはんを炊く給食もやっているでしょう。うちの子は家でも米をといでくれるようになった。

長峰 うちの子は型抜きを使ってラッキーニンジン(給食で汁物などに入る「あたり」のニンジン。21頁の写真)をつくりたいという。あとアルファベットの形のパスタとか。「給食室からこんにちは」(31頁)に給食メニューのレシピがのっていて、鶏のガーリックソース煮とか、キムチ野菜いためとか、煮込みハンバーグなんかをつくってみた。「海と畑のサラダ」も人気がある。三年生のときは学年行事で干しダコをつくった。それを一ヵ月後に切ってタコ飯に。今年の四年生は春に味噌を仕込んで、秋味噌汁をつくる予定。子どもに豆をつぶさせるので、味噌には大豆がそのまんまの形で残ったりするけど、子どもたちは気にしない。

井口 うちの子は「ダイコンとタコを炊いたの」を食べたいなんて言う(笑)。

渡部 あと、切干ダイコン(授業でつくる)やひじきとか(笑)。明石名産のタコとのり、キャベツ焼きもよく食べる。

長峰 団地のベランダでソバやトマトを育てている。子どもが学校で育てたものをもって帰ってくると、自分もやってみたくなる。

渡部 今年は、市の農水産課が募集していた田植え・稲刈り体験に家族で参加した。幼稚園の子が田舎に行ったときに、田んぼのことを「芝生」なんていっていたので、これじゃあかんと思って(笑)。

 栽培した野菜を食べる、自分でごはんを炊く、弁当箱におかずとごはんをつめるなど、特色ある給食を中心とした松が丘小学校の食育を子どもたちは楽しみ、その楽しさが親にも伝わっていく。食育で子どもが変われば、親も変わる。

──だが、その前に、まず教職員一人ひとりが、学校が変わる必要があった。


先生の意識変革 子どもの生活の実態から授業を立ち上げる

校長の中尾幸雄先生

 いまでこそ「本校で食育をやめたら、保護者がだまっちゃいないでしょう」(中尾幸雄校長)というほどになった松が丘小学校だが、最初は先生方ですら食育にあまり乗り気ではなかったという。兵庫県の食育推進モデル校に選ばれたのは平成十七年度の一学期も終わりに近づいたころ。赴任したばかりの中尾校長のもと、せっかく校内研究のテーマを「学級づくり」と定め、走りはじめたところであったからだ。

 そんな先生方の雰囲気が変わってきたのは、児童と保護者を対象にした「食生活実態調査」の結果が出てからだ。「朝食は必ず毎日食べる」「朝・昼・晩 三食必ず食べる」は全国平均を下回り、「いつもやる気が起こらない」と答えた子どもは全国平均の二倍以上にのぼった。これらの結果は、先生方が子どもたちに対してふだん感じていた不安を裏づけるものであった。「やる気のなさ」や「イライラ」などの不定愁訴は食生活とかかわっている。食育は子どもたちの学習意欲を高め、いじめや不登校といった問題を未然に防ぐうえでも大きな意味がある。

 こうして、各教科や総合の授業で食育をすすめようとするとき、いままで以上にクラスの子どもたちの実態に目配りし、そこから授業を立ち上げるようになった。そして、先生自身も自分の食生活を見直すことになった。

●食育の教材は子どもの生活と密着したところから

研究推進委員長(一年担任) 岡本陽子先生

岡本陽子先生の1年生の授業。さまざまな野菜を育て、調理してきた1年生が、ブラックボックスに入った野菜にさわったり(表紙写真)、アイマスクをかけてきざんだ野菜のにおいをかいだりして、その感覚を表現し、何の野菜か当てていく。1月の「もぐもぐ松っ子祭り」では、自分たちでクイズを企画し、プレゼンテーションする予定

 この三年間、高・中・低学年を一年ずつ担任してきた岡本先生。学年がちがっても子どもたちの生活に一番近いところから、食育の教材を見つけようとしている。

 平成十七年度は六年生で「インスタントラーメン」を、平成十八年度は四年生で「清涼飲料水」を取り上げた。「清涼飲料水」の授業ではそろそろ暑くなってくる六月に、コーヒー、ファンタ、コーラ、ポカリスエット、ペットボトルのお茶、野菜ジュースを飲みながら、どれがいちばん糖分が多いか、それぞれにどれだけ糖分が含まれているかを予想させた。野口孝則先生(神戸学院大学講師、現・福岡女子大学准教授)にそれぞれの飲物に入っている糖分がスティック砂糖何本分にあたるかを示してもらった。ポカリスエットは砂糖二〇本分、野菜ジュースもかなり糖分が多いことがわかった。身体にいいと思っている飲み物のなかに、意外に多くの糖分が含まれることに子どもたちは驚いた。

 こうした授業はインスタントラーメンや清涼飲料水を否定しているのではない。学習したことが少しでも子どもたちの頭をかすめて、食べ方・飲み方を変えてくれたらと願っているのである。

 平成十九年度は一年生の担任になり、夏休みの宿題に、自分で工夫したおにぎりをつくらせた。そのおかげで、岡本先生のクラスでは二学期から給食の時間に自分でおにぎりをつくるのがちょっとしたブームになった。名づけて「愛のおにぎりタイム」。ごはんが余ったら、ビニール袋のなかにごはんを入れて、自分でおにぎりをつくるのである。この前、さんまが出たときは「先生、これ、おにぎりに入れていい?」と聞いてくる子がいたので、見るとサンマの身をほぐしておにぎりのなかに入れているので感心してしまった。子どもたちは親子行事で親といっしょにおにぎりをつくるのを楽しみにしている。


調理員と担任との連携

日々の給食の献立が教材になる

 食育の中心となるのは子どもたちが毎日食べる給食。そして、松が丘小がはじめに取り組んだ特色ある給食は、「炊飯器給食」だった。きっかけは中尾校長が、「ごはんを炊くことは食事の基本。それに、家庭の事情で、親が食事をつくってくれないことがあっても、せめて自分でごはんを炊くことができれば」と考えたことから。だが、栄養教諭の吉賀千恵子先生は、松が丘小の給食が委託炊飯であることもあり、「そんなの無理やろ」と最初は思ったという。しかし、先進事例を調査し、一升炊きの炊飯器七台を購入した。ごはんを炊くのは六年生の担当。二時間目と三時間目の業間休みに六人ずつ交代で家庭科室に行って、下級生のうち一学年分を炊く。週一回程度実施しており、六年生は一年間のあいだに一度は当番が回ることになる。

 六年生は「お弁当給食」でも活躍する。一年生と六年生がペアになって、持参した弁当箱にごはんとおかずをつめ、戸外に持ち出して、いっしょに食べるのである。食を自分で選択する能力を高める工夫である。

 そして何より、松が丘小の給食では子どもたちが育てた野菜を食べることを大事にしている。そうした少量不ぞろいの野菜を調理するのは手間隙がかかる。調理員の理解と担任との連携なくして、松が丘小の食育は成り立たない。そこでは調製作業の一部を子どもが担うこともある。たとえば、一年生はホウレンソウを給食で使ってもらうために、根っこのところを洗い、全員で給食室に行って、「このホウレンソウを給食に使ってください」と調理員さんにお願いをした。

 その日の給食の献立や食材についての情報は各クラスに掲示される「給食カレンダー」や、給食室前の「きょうのやさい」の地図、給食時間の三分間放送で伝えられる。放送では献立と食材一つひとつについて、栄養教諭や調理員が解説をする。季節の行事にかかわるようなところは、昔の風俗・習慣に詳しい先生が解説するなど、多くの教職員がかかわりあっている。

サツマイモを育てた2年生にサトイモの実物を見せる栄養教諭の吉賀千恵子先生
給食室前に掲示される「きょうのやさい」地図。検収表を見ながら調理員がつけている。「明石産」「松が丘(小)産」もしばしば登場する
各教室に掲示する「給食カレンダー」。日めくりになっていて、一口知識もあり、指導に役立つ

●子どもたちが食べる姿を心に描いて調理する

調理員 松浦みどりさん、尾西和夫さん、川岸みゆきさん、田中唯子さん

右から調理員の尾西さん、松浦さん、田中さん。きょうは他校に応援に行っている川岸さんも含め、松が丘小の給食を4人でまかなう

 平成十八年、一年生の教室ではじめて給食を食べた松浦さんと尾西さんは、低学年のおかずのあまりの少なさに驚いた。大きなジャガイモが入った肉ジャガをよそうと、ジャガイモだけの煮物になってしまいそうだ。調理員は職業柄、食材を切るときに、いかに効率よく均一に切るかというところから発想する。しかし、それ以降、効率を犠牲にしても、献立に合わせて食べやすい工夫をこらすようになったという。こんにゃくなら四角く切るのが速いが、三角にしたほうがおいしそうとか、筑前煮に入れるニンジンは機械で切らず、乱切りにしようとか。

 子どもたちが収穫した野菜を使うときはとりわけ頭をひねる。小さなジャガイモだったら、そのまま入れてみたり、ピーマンのにおいを抑えて色鮮やかに見えるように、ボイルして最後に入れたり、細く切って食べやすくしてみたり──。

 子どもたちは、自分で育てたり、加工した野菜を給食で食べることをとおして、確実に変わっていく。いちばんはっきりしているのは食わずきらいが減ったことだ。袋栽培でダイコンを育て、切干にした一年生は、切干ダイコンが大好きになる。二年生が育てたサツマイモを収穫したときは、給食でいもけんぴやチップスをつくったほかに、つるを佃煮にして食べた。二年生の子どもたちは、そうおいしいとも思えないサツマイモのつるの佃煮をおかわりして食べたという。

 松浦さんは三分間放送の当番の日、調理しながら原稿を考えるという。この日は、スープスパゲティの野菜をおかまでゆでていたとき、ブロッコリーの緑やコーンの黄、ニンジンの赤が色鮮やかでお花畑みたいだった話をした。放送がはじまると子どもたちから「あっ、松浦さんだ」という声が上がった。子どもたちから給食についての手紙も毎日届く(二一頁)。松が丘小では調理員さんと子どもたちの距離がとても近い。

(続きは食農教育2008年1月号をお読みください。)

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