「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2007年5月号
 
「産土タイム」の特別非常勤講師、黄川田孝雄さんが、早採り作業の前に作業上の注意を呼びかける

食農教育 No.55 2007年5月号より

地元漁家が応援 岩手・大船渡市立末崎中学校の実践

ワカメの生産・加工・販売、森づくりまで、三年かけて体験

フリーライター 佐藤由美

早採りワカメの収穫体験

 昨年十一月に種巻きをしたワカメが間引きの時期を迎えた。三月の本採りに備えて間引くワカメは、早採りワカメとして出荷される。

 「去年と違って、今日はすばらしい晴天に恵まれました。凪も最高にいい。みなさんはラッキーです」
 自ら種巻きをしたワカメを間引こうとする岩手県大船渡市立末崎中学校の一年生、七一人を前に、黄川田孝雄さんはこう呼びかけた。黄川田さんは元末崎漁協の参事で、総合学習の特別非常勤講師を務めている。

 この日のために北浜養殖ワカメ組合は七隻の漁船を用意し、「末崎中学校」「ふれあいワカメ」と染め抜いたのぼり、そのうえ校旗まで取りつけている。子どもたちは船上で待つ漁師たちに手を引かれ、次々と漁船に乗り込んだ。海上を滑るように走る船は大漁旗のように校旗をはためかせ、大船渡湾口防波堤の外に設けられた養殖場へと向かう。

子どもたちを乗せた漁船が細浦漁港から大船渡湾口防波堤外の養殖場に向かう。地元ではワカメ養殖に最適の好漁場を中学校に与えた
種巻きから約80日を経たワカメは、およそ1mに生長している。本採りに備え、1mに100本を残すよう間引きをする

 末崎中学校では、総合学習の「産土タイム」で養殖ワカメの生産から、加工、販売、豊かな海を育むための森林整備までを三年間を通して学ぶ。末崎半島北側の長磯漁場には、学校専用の一五〇mの養殖用幹ロープが二本張られている。作業のため養殖用幹ロープを引き揚げると、茶色をしたワカメが姿を現わした。

 「足を肩幅の広さに開いて、腿を船の縁に押しつけて踏ん張って。鎌をゴシゴシやらなくとも、ワカメは刃を当てるだけで切れる。片手でワカメの根元をこう持って、反対の手でサッと切るんだ。こうやって」

 北浜地区漁業担い手研究会会長の細川周一さんが手本を示すと、船上に並んだ子どもたちは、波に揺れる船の上から上体を乗り出して、ワカメの根元を切り取る。海中から引き揚げたワカメは、腕を高く上げなければ先端がひきずるほど大きく生長している。

 「そうそう、その調子、その調子」
 細川さんはそう励ましながら、子どもたちが刈った後にわずかに残った根元を、さりげなく切り落としていく。積み込んだ魚篭がワカメで満たされると、船は漁港へと引き返し、次のグループを沖へと運ぶ。
 子どもたちが力を合わせて刈り取ったワカメは約六〇〇kg。業者に販売した後、保育園と小学校、高齢者施設などにおすそわけし、中学校でもこの日の給食のおかずにもなる。自分の手で植えつけ、収穫したワカメの味は、いつもよりずっとおいしく感じられるにちがいない。

 体験学習を終えた船は一斉に沖へと向かっていく。漁師たちはこれから自分の仕事をするのだ。

子どもたちは波に揺れる船上に一列に並び、漁師たちの指導を受けながら、ていねいにワカメを間引いていく
間引きした早採りワカメを浜に揚げて計量し、保育園や小学校などへのおすそわけ、給食の分を除いて、業者に販売する
「わあ、メカブだ」。ワカメの生態を学んだからこそ、根元にできるメカブを手にする喜びも大きくなる
収穫した早採りワカメは給食室に運び込まれ、給食のおかずに。給食用の野菜は地元の農家がつくる小田野菜組合が供給している

三年間で学ぶワカメ養殖のすべて

 「最初はただ教室で簡単な話をすればいいんだろうと、軽く考えていたんですよ」
 末崎漁協の参事だった黄川田さんは、ワカメ養殖の授業をしたいと中学校から相談を受けたとき、そう思っていた。しかし、その予想は、提示された計画書に覆された。中学校では、三年間を通して、ワカメ養殖の生産から加工、販売までのすべてを体験させようと考えていた。

 「これはすごい計画だ、中学校は本気だと思いました。これだけ濃い内容を勉強するには、浜のみなさんの協力がなければできない。これは地域ぐるみの学習になると」

 黄川田さんはこの学習を市の「漁業担い手育成事業」にするよう提案。北浜養殖ワカメ組合の協力も得た。こうして、二〇〇二年から産土タイムが始まった。

 一年生では、ワカメ養殖の歴史やワカメの生態を学ぶ。その後、養殖施設の補修や整備を行ない、十一月には培養したワカメの種苗糸を養殖用幹ロープに巻きつけ、二月の早採り、三月の本採りの原藻のボイル塩蔵加工を体験。このワカメは漁協の冷蔵庫に保管しておく。

 二年生になると、加工の最盛期の四月に二人一組で漁家を訪れ、原藻のボイル塩蔵加工と芯抜きを体験する。その後、一年生の三月に収穫したワカメの芯を抜き、九月には修学旅行先の東京でワカメを販売する。その日に向けて、販売用の袋のラベル、コマーシャルビデオ、レシピを作成し、袋詰めを行なう。

 末崎中学校では、林野庁三陸中部森林管理署と「悠々の森」契約を結び、市内の国有林内に設定された「ふれあいの森林」内に「産土の森」を整備している。三年生は、ワカメを養殖する海に注ぐ川にミネラルが多く含んだ水が流れ込むよう、植林や下草刈りを行なっている。

 末崎中学校では、ワカメの生育に合わせ、一年を通してどこかの学年でワカメに関する授業が行なわれるようになった。生産者が浜で作業をするときには、必ず子どもたちの姿が見られるようになり、浜はにぎわいを取り戻した。

漁家体験ではワカメの加工を体験する。海水を熱したお湯にワカメを入れると鮮やかな緑色になる
※158〜159頁の写真は末崎中学校提供
加工したワカメは製品検査を経て、葉と茎に分けて200gずつ袋詰めされる。実際には220gほど入れている
東京都葛飾区のイトーヨーカドー亀有店でワカメの販売をする2年生。試食をしてもらいながら販売する
市内の国有林内にある「産土の森」で下草刈りをする3年生

漁家との交流を通して学ぶ

「産土タイム」への全面的な協力を続ける北浜養殖ワカメ組合のみなさん。「ワカメも育てるけど、地域の子どもも育てる」と組合長の梅沢透さんはいう

 岩手県の養殖ワカメの生産量は全国の四〇%を占める。質・量ともに全国一位を誇る三陸ワカメの養殖の企業化は、末崎町で始まったといわれている。それまで乾燥していた加工方法も、さっと湯通しした後に塩蔵する技術を開発した。

 「ワカメの生育に適した好漁場があり、粉砕塩が溶けるまでワカメにからませるよう加工技術を工夫しているので、末崎のワカメは磯の香りがするっていわれるんですよ」
 細川さんは自信をもっていう。

 品質の高い三陸のワカメは高値で取り引きされていた。しかし、韓国や中国から安価なワカメが大量に輸入されるようになると、国産ワカメの価格は低落。かつては二八〇人を超えていた末崎町のワカメ生産者も現在では半数に減少した。多くの漁家で兼業が進み、子どもたちの生活から伝統のワカメ養殖が遠のいていった。通学途中で加工風景を見ることはあっても、家族や親戚を手伝う機会は減少している。

 こうしたなかで末崎中校が総合学習のテーマをワカメ養殖にした理由を、校長の千葉さんはこう語る。

 「産土という言葉は校歌にも出てきますが、子どもたちが生まれ育った末崎のことを学ぶには、地場産業である水産業を抜きには考えられません。そのなかでもワカメ養殖発祥の地だからこそ、ワカメをテーマに末崎のよさや課題を理解してほしいと考えました」

 その学習は地域の協力なしには成り立たない。漁場の確保はもちろん、種巻き、早採り、本採りと年に三回船を出すときにも組合員が総出で協力し、漁家体験も受け入れる。

 「体験をともなう学習は、漁師さんにとっていちばん忙しい時期に重なるので、自分の仕事を後回しにして協力くださっています。ここまで協力してくれる地域はなかなかないと思います」(千葉さん)

 生徒と漁家との交流は互いを思いやる心を育み、地域にあたたかい空気が流れるようになった。

 「海が時化ると、中学校の棚はだいじょうぶかなってみんな心配しているし、漁家体験の前になると、おやつは何を出そうかなって、みんなそれは楽しみにしているんですよ」

 細川さんの妻、とくさんは地域の人たちの思いをこう話し、二年の学年主任松村敦子さんは子どもたちの変化を次のように語る。

 「漁家体験でお世話になった家のワカメの加工が忙しいそうだからと、部活のない次の休日に手伝いに行く子もいます」

 中学校では、活動のたびごとに報道機関に通知する。産土タイムは、子どもたちだけでなく、地域の人たちが「また末崎がテレビに出た」「新聞に載った」と、ふるさとへの誇りを増幅する役割を果たしている。

子どもと大人が学び合う生涯学習

 充実した学習内容は、学校職員や地域の人たちの献身に支えられている。教師たちは各学年で七〇時間の授業のために、放課後や休日、長期休暇中にも準備をすることもある。繁忙期に協力する漁家も、打ち合わせや準備に多くの時間を割く。そして黄川田さんは両者の調整に奔走する。しかし、その努力は子どもたちの成長、とくにワカメ販売を通した変化で報われると誰もが声をそろえる。

 「なかには初めて東京に行く子もいます。しかも、朝に末崎を出て、その日の午後に都内四ヵ所で販売するんです。自分たちのワカメがお金を出して買ってもらえるのか不安で、ダンボールを開けて準備をしているときから緊張しているんです」
 と昨年引率した松村さんはいう。

 「ワカメ買ってください。ぼくたちがつくったワカメです」
 子どもたちは恐る恐る声を出す。

 「ほんとにあなたたちがつくったの」と聞かれても、かすかに「はい」と答えるだけで、後が続かない。しかし、一袋売れ、二袋売れるうちに自信をもち、次第に大きな声で呼びかけ始める。そして、体験を通して学んだからこそ、ふるさとの末崎町やワカメについて、どんな質問にも堂々と答えるようになる。

 夢中で客に対応するうち、ワカメは二時間ほどで完売する。子どもたちは「やったー」と歓声を上げ、だれからともなく万歳をする。お店の人に注意されるほどの大きな声で。

 「そのとき、生産から加工までの体験、協力してくださった地域の人たちへの感謝――いろんな思いがよぎり、これまでの苦労が報われるような気持ちになるんだと思います」

 松村さんは生徒の思いをこう代弁し、千葉さんは次のように続ける。

 「東京で岩手の、大船渡の、末崎のワカメを宣伝し、完売したという自信が子どもたちを変える。たった一日の、しかも二時間ほどの体験でどれほど子どもたちが成長し、目を輝かせるか。その目の輝きでそれまでの疲れが吹き飛ぶんです」

 子どもたちが照れや恥ずかしさを克服して懸命に語りかけ、その熱意が消費者の心に届く。一昨年、修学旅行に同行した細川さんは、子どもたちの姿を見守りながらこう思うようになった。

 「末崎のワカメは他の生産地のものと混ぜられて、三陸ワカメの名で販売されています。子どもたちがあれほどがんばって売ってるんだから、われわれ生産者も末崎のワカメをブランド化しようと思いました」

 末崎中学校の産土タイムは、総合学習を通して子どもと大人が学び合う、地域の生涯学習になっている。

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