「総合的な時間」の総合誌
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食農教育  
農文協食農教育2006年7月号
 
小浜市地図
インドネシア産スマトラオオヒラタクワガタと日本産ヒラタクワガタの間に生まれた雑種個体。体の大きさはインドネシア産と変わらないほど大きい。また大アゴは、インドネシア産と日本産の中間的な形をしている。どの図鑑にも載っていない「新型」として誕生した。この雑種は次の世代を生む能力もあった

食農教育 No.49 2006年7月号より

■調べて育てる 身近な絶滅危惧種

外国産クワガタムシの飼育ブームで
在来クワガタムシがピンチに

国立環境研究所 侵入生物研究チーム 主席研究員

五箇公一

輸入規制解除で外国産甲虫の輸入が激増

 近年、外国産のクワガタムシ・カブトムシの飼育が大ブームとなっています。夏休みともなれば、ペットショップだけでなく、デパートやホームセンターにまで大量の外国産クワガタ・カブトが陳列されます。その価格も雄雌ペアで飼育ケース付き一九八〇円という具合で、子どもにも簡単に購入できるようになっています。さらに、この甲虫人気にあやかり、ムシキングという対戦ゲームも流行し、外国産昆虫の人気上昇に拍車をかけています。

 もともと外国産のクワガタやカブトは農水省の植物防疫法という法律で輸入が禁止されていました。ところが近年の規制緩和の余波で一九九九年十一月に輸入規制が解除され、それ以降に大量のクワガタ・カブトが商品として輸入されるようになりました。

 現在、クワガタ・カブト併せて五〇〇種類以上の輸入が許可されており、年間の輸入個体数は一〇〇万匹以上にもなります。

外国産甲虫が逃げだすと何が起こるか

 これだけ大量に輸入された外国産甲虫が、もし野外に逃げだしたらどうなるのか? 国立環境研究所では現在、その影響について調べているところです。まず心配されるのは、餌資源や生息場所を巡って在来種と競合し、その結果、在来種を駆逐してしまうことです。幼虫が朽ち木を食べて、成虫が樹液を吸うという性質は外国産・日本産ともに共通しており、外国産のクワガタ・カブトが増えれば、限られた資源を在来種と取り合うことになります。

 また、研究所の調査結果では、外国産と日本産のクワガタムシが交尾して雑種をつくる場合があることがわかっています。写真は外国産と日本産のヒラタクワガタが交雑して生まれた雑種です。同じヒラタクワガタという名前が付いていますが、外国産と日本産では遺伝子DNAが全く異なっており、一五〇万年以上もかけて祖先から別れて別々に進化してきた生物と考えられます。これほど遺伝的に異なる生物同士が交雑するということは自然界では起こり得ないことです。こうした外国産個体と日本産個体の交雑が野外で頻繁に生じれば、日本産クワガタムシの固有な遺伝子組成が攪乱されてしまいます。

 さらに外国産のクワガタ・カブトが輸入されるときに、一緒に付いてくるダニなどの寄生生物が日本国内で増えて、在来のクワガタ・カブトに悪影響を与えることも心配されます。実際に輸入されたクワガタ類を調べてみると、日本には生息していないダニが多数付着していることも明らかにされています。

 ムシキングというゲームの中では、日本のクワガタ・カブトが果敢に外国産と対戦してやっつけるというストーリーが展開されていますが、実際の自然界では、より複雑で深刻な影響を外国産のクワガタ・カブトはもたらします。特に、近年、乱開発によって、クワガタ・カブトの生息場所である天然の森林は大きく減少しており、さらに道路や宅地の広がりによる夜間光の増加がクワガタ・カブトの生活サイクルを狂わせ、その数を減らしているとも言われています。このような危機的状況に外国産のクワガタ・カブトが入り込めば、日本のクワガタ・カブトのピンチはさらに増大すると思われます。

輸入によって外国産甲虫の生存も脅かされる

 また、この甲虫ブームで危機にさらされるのは日本産個体だけではありません。輸入されている外国産個体の多くは、原産地の森林から採集された野生個体です。毎年、これだけ多くの個体が日本で売られるために採り続けられているため、一部の地域ではその数が減少しているとも言われています。外国産のクワガタ・カブトにも故郷があることを忘れてはいけません。

 今、外国産個体を飼育している人は、その個体を外に逃がすようなことは絶対にしてはいけません。彼らも好んでこの遠い地に運ばれてきたわけではありません。生き物は飼い始めた以上、死ぬまで面倒を見るのが最低限のルールです。

 日本のクワガタ・カブトは、一見すると外国産と比べて小さく地味に映るかもしれませんが、その姿や生活様式は日本列島の誕生とともに進化してつくられた、日本独特のものなのです。他の世界にはどこにもいない日本固有のクワガタ・カブトを大切にすることは日本の歴史を守るという意味でも大切なことと言えるのではないでしょうか。

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