「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2006年7月号
 

食農教育 No.49 2006年7月号より

■調べたい育てたい こんな生き物

ゴマダラチョウ

雑木林を追われて町なかに出現

編集部

 我孫子市の西山裕天くんは中学三年生。もともと紙飛行機に興味をもっていたが、小学一年生のときに、近所に住む民間の研究家菅野みどりさんと出会ったのがきっかけで、菅野さんとともに毎週土曜日に、近所のポイントを回ってチョウの研究を続けている。

 チョウの研究というのに持ち物は卵や幼虫を入れるフィルムケースと古封筒だけで、捕虫網は持たない。採集するのは卵と幼虫だけで、成虫は捕らないからだ。ふたりにとって羽ばたくチョウは、食草のありかを示してくれる目印にすぎない。

ゴマダラチョウの冬越しをサポートする

 そんな西山くんが注目しているのは、ゴマダラチョウ。黒地に白い斑点のコントラストの美しいチョウで、国蝶のオオムラサキの仲間だ。ゴマダラチョウはエノキの葉を食草(幼虫のえさ)とし、成虫は樹液を吸いながら雑木林の周辺を飛び回っているのだが、ここ数年、我孫子市の中心部でもよく見かけるようになった。校庭や人家の植え込みのエノキをチェックすると、かなりの確率で葉の上に卵や幼虫が見つかる。ゴマダラチョウの三齢幼虫は秋おそく、エノキの紅葉に合わせるように体色を緑から茶へと徐々に変え、落葉とともに木からおりて落ち葉の裏で越冬する。そして、三月下旬、エノキの芽が出るころに幹にのぼってくる。しばらく木の股のところに「台座」という巣をつくって芽ぶきの葉を食べて成長する。やがて、四齢となると繁りはじめた葉と同じ色になり、台座を葉の上に移す。

 ふたりはゴマダラチョウの幼虫の保護のために、冬越しする幼虫を落ち葉の固まりごとネットに入れてエノキの幹に結わえておき、春になってエノキにのぼらせるようにしている。脱皮した幼虫はやがてエノキの葉そっくりの蛹となって垂れ下がり、やがて羽化していく。エノキの成長に合わせて、自らの姿と色を変えるゴマダラチョウは、擬態と保護色の名人である(三頁の口絵参照)。

ゴマダラチョウの幼虫を落ち葉ごとネットに入れてエノキの幹にくくりつけておく。天敵に食べられるのを防ぐことができる

雑木林や生垣が減って、チョウが生きにくくなった

 それにしても、なぜゴマダラチョウを町中でよく見かけるようになったのか。個体数が増えているのだろうか。菅野さんの見方は悲観的だ。

 二〇〇〇年ごろから、手賀沼周辺で大規模な宅地開発がすすめられ、あちこちで、雑木林が切り開かれた。行き場がなくなったゴマダラチョウが食草を求めて町なかへ出てきたのではないか、というのである。ヤマイモを食草とするダイミョウセセリをよく見かけるようになったのも、同じ理由であろう。ゴマダラチョウやダイミョウセセリは増えたのではなく、雑木林を追われてきたのだ。

 チョウがすみにくくなるのは、雑木林の伐採ばかりではない。カラタチの生垣が消えたために、それを食草とするカラスアゲハは激減した。かつての民家はカラタチやアラカシ、シラカシといった木を生垣にしていたが、それがコンクリートや板、石の塀や単純な植物相の生垣に変わったことで、さまざまなチョウの食草が減ってしまった。

 ジャコウアゲハが食草とするウマノスズクサも、かつては土手や神社の境内などによく見られたそうだが、いま我孫子市では探すのがむずかしくなった。スイバ、ギシギシを食べるベニシジミ、ヤマハギを食べるキチョウ、レンゲにつくモンキチョウなどもめっきり少なくなった。

 チョウたちは環境が変わっても、なんとか適応して生き抜こうとする。モンシロチョウは昔は田んぼのあぜや里山のイヌガラシやスカシタゴボウを食草としていたが、やがて畑のキャベツが主な食草となり、農薬が多用されるようになると、より農薬の少ない家庭菜園のアブラナ科植物につくようになってきた。キアゲハももともとのセリなどから畑のニンジン・パセリ・ミツバに移り、最近は家庭菜園のフェンネルやイタリアンパセリ、アシタバなどのセリ科のハーブ類でよく見かける。

 このように代替となる食草があるチョウはまだいいが、里山が開発され、生垣も含めて住居やその周りの環境が人工化・単純化することで、さまざまなチョウが生きる環境は失われていく。

小学校のバタフライガーデンを整備する菅野さんと西山くん。ここにはヤマイモ、エノキ、クスノキ、カナムグラ、ホトトギスなどを植えている

教材としておすすめは垂蛹のチョウ

 いま、菅野さんは自宅の周りをバタフライガーデンとして整備し、二七種類のチョウを育て、西山くんも一五、六種類のチョウを育て、放している。

 子どもたちが調べたり、育てたりする対象として、菅野さんのおすすめはタテハチョウ類だ。ゴマダラチョウのエノキ、アカタテハの食草のカラムシ、キタテハのカナムグラ、ヒメアカタテハのヨモギは、かつて農村的環境ではありふれた草木であった。だいぶ少なくはなったが、いまでも注意してみれば、あちこちでまだ見かける。そこでタテハチョウの幼虫を見つけて、育ててみる。エノキは水上げが悪いので鉢植えにする必要があるが、他の食草は水に生けたり、カイコを飼う要領で飼育ケースに葉を補給すればよい。

 タテハチョウの蛹は「垂蛹」で、触れると振り子のように体を動かすなど、おもしろい性質をもっている。よく教材とされるモンシロチョウやアゲハチョウなどの「帯蛹」のチョウと比較することで、天敵からの身を守る方法や羽化のしくみの違いを学ぶことができる。
チョウと共生する町を求めて

 菅野さんは近くの我孫子第一小学校にバタフライガーデンを整備しており、西山くんもそれを手伝っている。学校の堆肥置き場やその周りはカラムシやカナムグラが生える環境として好適で、そこにヤマイモやエノキ、ミカンを植えれば立派なバタフライガーデンになる。フェンスにはウマノスズクサを這わせる。ギシギシやカタバミは意識的に残す。蜜源となるように花壇には一年草より宿根草を植えたい。

 菅野さんや西山くんがチョウの観察に回るなかで、町の人々のなかにもチョウやその食草に関心をもつ人が増えてきたという。植え込みのなかの一本のエノキやヤマイモが大きな価値をもっていることに気づいてきたのである。ウマノスズクサやミカン、セリ科の食草などを意識的に植える人も増えてきた。チョウへの関心をとおして、他の生き物へのやさしいまなざしをもった町が生まれようとしている。

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