「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2006年1月号
 

食農教育 No.45 2006年1月号より


「いつもお世話になります。こみの株式会社です」と、電話で仕入れ先農家に出荷依頼をする子どもたち

出資金を募り、地元農産物を仕入れて販売する「こみの株式会社」

香川・三木町立小蓑小中学校

鬼無敬子(学校長)

 小蓑のおいしい野菜はもっと売れるはず

「四角マメ? そんな名前の豆なんか聞いたことない」
「豆って普通は丸いだろう」
「売れるかなあ」
「めずらしいから売れるかも」
「いや、めずらしすぎて売れんぞ」

 昨年の秋、校区の農家Oさんが四角マメを出荷してくれたときの子どもたちの会話である。さっそく、誰かがインターネットで調べだした。「あるぞ、みんな見て!」。少し興奮気味に検索が進む。子どもたちは、この豆にいくらの値段をつけるか、どんな調理方法を紹介するかなどで盛り上がっている。「こみの株式会社」は、平成十五年度からはじまった株式会社の仕組みを取り入れた活動で、おもに総合的な学習の時間に行なわれた。

 活動のきっかけは、平成十四年度の前期の総合的な学習(テーマは進路探求)。家事から職場体験まで、働くことを通して自分の進路を見つめた学習だった。なかでも、全員が参加した校区の酪農家での一日農業体験が、生徒の心に響いた。牛糞をたっぷり鋤き込んだ畑でとれる野菜のおいしさを再発見。生徒たちの祖父母世代のAさん夫妻から、農業や地域への思いを聞き、さらに心が動いた。学習後の感想文をみると、
「Aさんのつくった野菜はおいしい」
「小蓑でとれる野菜のことをもっと多くの人に知ってもらいたくなった」
「規格外は畑に鋤き込んでいるけれど、売れるんじゃないか」
「病気やけがに負けないで生き生きと働くAさんに感動した」
など、ふるさとの「人」「農業」に強い関心をもちはじめた生徒の姿があった。

 小蓑小中学校は、徳島県境に近い阿讃山脈の懐にある小中併設のへき地小規模校である。年々、子どもの数が減り、今年度は小学生四名・中学生四名の計八名になった。現在、校区に小学三年生以下の子どもはいない。

 本校の子どもには、
(1)純朴で指示されたことはきちんとやるが、問題意識が低く主体性に乏しい。
(2)優しい気持ちが育っているが、人間関係が固定化していて、社会性を発揮できない。
という課題があった。その課題にいかに取り組むか、そのヒントが一日農業体験にあった。これを機会に、子どもが主体的に地域に働きかける学習を組み立てたいと考え、それまでのカリキュラムを大幅に組み替えた総合的な学習がスタートした。テーマは地域交流。子どもたちが校区内外を問わず、幅広い世代と交流することによって生きる力を培う学習である。

 株式を発行して、投資家と仕入れる農家を募る

株主総会で「高配当をお約束します」と説明する子どもたち。会場は拍手喝采。株主は地元の農家や校区外の消費者で、1株500円。

 活動のあらましを紹介する。まず、子どもたちは会社を設立した。株を発行して投資家を募り、集めた資本金を活動にあてる。平成十七年度は一四四株発行し、七万二〇〇〇円の資本金を集めた。東京都にも株主がいる。それをもとでとして地域の農産物を仕入れ、JAの産直市などで販売する。価格は子どもが決める。農産物、お金、株を扱うことを通して、子どもたちには多くの人たちとつながっているという意識が生まれた。

 小蓑の農産物を買ってくれたお客さんに喜んでもらいたい。お金を儲けて投資家や仕入れ先農家に喜んでもらいたい。これまで、周囲と積極的な関係を築くことの苦手だった子どもたちが、このような気持ちをもち、新しい出会いを学びの場に変えている。

 仕入れ先農家のTさんは、一人暮らしの高齢の女性。子どもが訪れることを毎回楽しみにしてくれていた。子どもから受け取った仕入れ代金を次の種苗代にしている。野菜の話だけでなく、いろいろな話題を子どもと楽しんでいる。思わず教員も話の輪に入る。雑草に悩まされる畑で、水仙の球根を増やしている。私が購入した球根から、早春に鮮やかな黄色のラッパ水仙が咲いた。

 仕入れでUさん宅を訪れたとき、罠にかかったいのししの解体作業が行なわれていた。とても美しくさばかれていく様子を、子どもたちは真剣に見つめていた。私は、「気分悪くない?」と声をかけようと思ったが、やめた。いのちをいただくことを実感する貴重な瞬間だ。

 今年は新入社員もはいった

 子どもたちが三年間で扱った農産物は五〇種類を数える。棚田で育った米も評判がよかった。昨年度は台風がよく来た。ほとんど倒れてしまった稲を、一株一株ていねいにおこしているYさん。Yさんから、農家の苦労や苦心をたくさんは聞いたことがないが、その姿が子どもの心を育てる。

 今年度は、小学生も社員として活躍している。昨年度から、会社のイメージソングを作詞して宣伝に一役かっていたので、中学生と地域を回ることを楽しみにしていた。中学生も元気な新入社員によって、会社が活気づくことを喜んだ。ミーティングで話が行きづまったとき、小学生の発言が停滞した雰囲気を打開した。ユニークで柔軟な考えに、中学生が学ぶことも多い。逆に小学生は、冷静で責任感がある中学生の行動を見習い、自分の役割を実践できるようになっている。

 小蓑地区には、山を削って畑地が造成された場所がある。地元では「開発」と呼ばれているが、そこにSさん宅がある。Sさんから仕入れた「鳴門金時(さつまいも)」は見事なものだった。産直市やフリーマーケットですぐに完売する人気商品だ。これを持参して町内の特別養護老人ホームでワークキャンプをした。デイサービスを利用している人たちと一緒にスウィートポテトをつくり、午後からのティータイムを楽しんだ。湯がいたさつまいもをつぶし、裏ごしするのにかなりの力が要った。力仕事は子どもたちが担当し、カップに絞り出すのはお年寄りにお願いして、二〇〇個ほどのスウィートポテトが焼き上がった。紅茶を入れて一人二個ずつ平らげた。会話も弾んだ。

 「大人のこみの株式会社」ができた!

 小蓑地区でも、過疎による問題が深刻だ。澄んだ空気と豊かな水、そして先祖が拓いた農地を何とか守りたい。そんな大人たちの思いが、今年度、「山南営農組合」の設立で動き出した。通称「大人のこみの株式会社」である。扱う農産物のメインは米。これまで農家が個々に栽培していた米を、組合が品質管理し、ブランド化するという。

 「何かを新しくはじめようとすれば、メンバー一人ひとりの勇気と決断がいる。子どもたちの活動に刺激されて、大人たちも意識が変わった。こだわって育てた農産物を、自信をもって提供することがポリシー」と、組合長の阿部さんは語る。もちろん、組合員の多くは子どもたちに野菜を売ってくれた農家だ。高齢の組合員が多いが、これから本格的に忙しくなりそうだ。

仕入れ農家を訪ね、フキを集荷する子どもたち。集荷は、近くはリヤカー、遠くは自動車で行ない、学校で袋詰めし、値付けする

 小蓑小中学校は、今年度末で廃校になる。子どもたちには小蓑校で学んだことに誇りをもち、新しい学校で活躍してほしい。大人のこみの株式会社では、若い世代の柔軟なアイデアや機動力に大きな期待を寄せている。「子どもも組合の仲間。地域の宝」と、阿部さんは語る。学校の歴史には終止符が打たれるが、これから新しい何かがはじまりそうだ。私たち教員も何らかの形で応援していきたいと考えている。

 「こみの株式会社」の実践を通して、支援者・指導者として子どもに関わっている人たちも実は、学習者として学び高まっているということを私は実感した。将来の地域づくりを担う子どもの成長には、地域との共育が欠かせない。そのような学習をいかに組み立てるかが、今の学校教育に問われている。


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