「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2005年1月号
 

食農教育 No.38 2005年1月号より
[特集]ふるさとを育てる

ふるさとをそだてる 私の実践〈高校〉

島の生命線=地下水を汚さない農業は、農高生がつくりだす

沖縄県立宮古農林高等学校 前里 和洋

 以前ほどではなくなったが、農業高校は、受験学力で評価すると、学力の低い子どもたちが行く学校と見られることが、まだまだ多い。宮古農林も例外ではない。小・中学校で自信を喪失して入学してくる生徒たちに、何とか自信をつけさせたいと、私は常々思っていた。そこで、農業クラブの生徒たちと、有機肥料の開発をテーマに、研究に取り組んだのである。8年前のことであった。

実験に取り組む生徒たち
実験に取り組む生徒たち

島の未来を危うくする地下水汚染

 宮古農林のある宮古島は、川や湖などの水資源がなく飲料水のすべてを地下水に依存する全国的にも他に例を見ない地域であり、環境汚染(地下水汚染)が生活へじかに反映する。水道法では、硝酸態窒素濃度が10ppm以上の水は飲料水として使用できないと規定されている。宮古島の飲料水に供される地下水の硝酸態窒素濃度は、1960年代の約1〜2ppmが、現在は7〜9ppmに上昇しており、危機的な状況にある。

 この事実を農業クラブの生徒たちに伝え、「何とかこの危機を打開する方法」を考えようと、私は生徒たちに提案した。この地下水汚染の主な原因は、農業における化学肥料の多投にあることはすでにわかっており、生徒たちがインターネットで調べたところ、「硝酸態窒素によって汚染された水を飲んだ赤ちゃんが死亡した」という事例があることもわかった。

図1 宮古島の水源地における硝酸態窒素濃度の推移
図1 宮古島の水源地における硝酸態窒素濃度の推移

 しかし、「化学肥料にかわる有機肥料を」といっても、いかにも漠然とした提案である。生徒と討議を重ねるなかで、「それなら農業をやめればよい」という意見も生徒から出てきた。しかし、生徒自らが農業を学んでいるだけでなく、生徒が日常接している島の人たちは、ほとんどが何らかの形で農業に関係する仕事についているのである。米軍基地でも誘致しないかぎり、島から農業をなくすわけにはいかないことも、生徒たちは気づいていった。

畑のリン酸を活用できないか

 「地下水汚染の回避」と「農業の振興」という対立する課題を同時に解決しなければ、島の未来はないこと、そして大学や国の農業を研究する機関のない宮古島では、この課題解決を担うのは、自分たち農高生しかいないことを認識し、覚悟を決めたところから、生徒たちの研究がはじまった。

 生徒たちは、自ら土壌を分析して、作物の生育促進の目的で畑に施用した化学肥料中のリン酸がほとんど作物に利用されず、土壌中に溜まっていることを発見し、その結果に驚いた。そこで、土壌蓄積リンを作物に再利用(リサイクル)できれば、現在の化学肥料(窒素・リン酸・カリ)の施肥量をより少なくすることが可能となり、硝酸態窒素による地下水汚染を防げるのではないかと考え、土壌蓄積リン(難溶性リン)を作物に再利用することを試みた。

図2 有機肥料添加によるペットボトル濾過液中の硝酸態窒素濃度結果
図2 有機肥料添加によるペットボトル濾過液中の硝酸態窒素濃度結果

 そして、土壌蓄積リンの再利用の方法として、土壌中からリン溶解菌を分離し、サトウキビ製糖工場の副産物であるバガスや糖蜜に添加して、有機肥料を調整した。その有機肥料を土壌に処理することにより、リン溶解菌が炭素源であるバガスや糖蜜をエサとして乳酸、コハク酸および酢酸などの有機酸を生成し、その有機酸が土壌pHを下げる結果、リン酸が遊離し土壌中に溶け出し作物に吸収される状態になる。するとリン酸の利用率が高まり、同時に有機肥料の施肥で化学肥料の量が減り、化学肥料由来の硝酸態窒素による地下水汚染を防ぐことがわかってきたのである。

有機肥料の効果を実証

 また生徒たちは、開発した有機肥料を圃場に施用して、野菜やサトウキビの栽培試験を試みた。その結果、開発した有機肥料を施すことで、従来より少ない化学肥料でも、野菜やサトウキビなどの生育が促進され、品質も向上することを確認した。

 さらに、予算が少ないなか、生徒たちは、手づくりの水質実験装置「ペットボトル濾過装置」を製作し、研究開発した有機肥料を用いて水質調査をした。その結果、開発した有機肥料を畑に処理することにより、硝酸態窒素による地下水汚染の軽減が認められた。

 こうして開発した有機肥料を施肥した結果、リン酸の利用率の向上が認められ、過剰気味の窒素を現行の施肥基準値より低減できたのである。

研究の壁を乗り越えさせたもの

 このような生徒たちの8年間の「有機肥料の研究」は、今年(2004年)、ストックホルム青少年水大賞を受賞することができた。その受賞会場で、最も多く受けた質問は、「どうして8年間も研究を続けられたのですか」ということだった。

 実は研究をはじめて4年目のこと、成果があがらないので、この研究が校内発表からもはずされたことがある。また、「水質汚染の事実を訴えるのは、島のイメージダウンになる」と、島の観光業に携わる人たちから、圧力がかかったのもこのころである。

 私は、「この研究はもうダメか」と思ったこともあったが、生徒たちは頑として研究をやめなかった。この研究を成功させなければ、生徒たちが愛している島に未来はないことを、代々の農業クラブの生徒たちが、後輩にその後姿で伝えていったからだ。単なる、研究のための研究では、こうはいかなかっただろう。

砂川寛裕さんが有機肥料を活用して栽培した野菜
砂川寛裕さんが有機肥料を活用して栽培した野菜

 また、研究が最も苦しいときに、生徒たちを応援してくれたのは、「この研究は島のためになる」と確信した農家の人たちだった。今でも、宮古島の水道水源流域で農業をされている農家の一人、砂川寛裕さんは、生徒たちが研究開発した有機肥料を活用して、ニガウリやメロンなどを栽培し、地域の消費者に有機肥料活用による土づくりを通した地下水保全の大切さを訴えてくれている。

 思えば、学力とは何であろう。「学力がない」と自信を喪失して入学してきた生徒たちだが、これまで述べてきた研究のなかで、仮説を立て、実験し、観察し、分析するという一連の過程を、研究者並みにこなしてきた。これを学力と言わずして、何を学力というのだろうか。

 彼らには、「学ぶ力」は確実にあり、その力を引き出せなかったのは、私たち教師ではなかったのか。そして、数々の困難を乗り越えて研究を進めさせた原動力は、「この島の未来をつくりたい」という生徒たちの熱い思いではなかっただろうか。

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