「総合的な時間」の総合誌
農文協
食農教育  
農文協食農教育2005年1月号
 

食農教育 No.38 2005年1月号より
[特集]ふるさとを育てる

むらおこしの仕掛人に学ぶ

いま、農家のおばちゃんたちも本気です
孫に持たせたい4つの確信

信州・つがいけ食農学習センター 池田 玲子

このまま語らずして灰になるものか

 いま、農村女性のあいだでも、食農教育を積極的にすすめようという動きが各地で起こっています。私も長野県の農業改良普及センターや地域で「食農教育をどう進めたらいいのか」を農家のおばちゃんたちにお話ししています。

 「作物を“つくる”から“たべる”までは、男じゃできないよ」と言っています。生産から食卓まで、すべて暮らしのなかでやってきたのは、女性ですから。畑と台所というフィールドを両方もっているのは、農家のおばちゃんだけなんです。でも、いままで子育ての最中に語ってこなかった。「栄養があるから」と、ただ食べさせるだけで、語る時間すらなく、あくせく働いてきたんです。「このまま語らずして灰になるものか。語らずに人生終わらせちゃあいけねぇよなぁ」。農家のおばちゃんたちは、いまそんな気分なんです。

食べものを複眼的にみる

 長野市の西に鬼無里村という山村があります。この村の農家のおばちゃんが集まって、いま食と農のテキストづくりをしています。孫に残したいものをカードに書いて、グルーピングして貼り付けていく。年中行事、米、ソバ、豆、の4グループができました。希望者に分かれてソバ粉何グラムだとかの分量を押さえているところです。そのとき気をつけたいのが、食べものや地域を複眼的にみていこう、ということなんです。

『講座食の文化第1巻 人類の食文化』(石毛直道著、農文協)32頁「食の文化マップ」
『講座食の文化第1巻 人類の食文化』(石毛直道著、農文協)32頁「食の文化マップ」

 図は、農文協発行の『講座 食の文化 第1巻』にある食の文化マップですが、この図を見たとき、「あっ、これだ」と感じました。私が生活改良普及員の仕事をとおして農家のおばちゃんたちに伝えてきたのはまさにこれだ、と。農家が食べものを生産し消費するという横軸をとおして、栽培や食品加工の「技術」にかかわる領域から、栄養や健康といった人間の「体」の領域、食事にまつわる「生活」領域、食糧の需給や貿易といった「経済」領域まで。たんにつくって食べるだけでなく、食をとおして丸い円に囲まれたこれらすべて、つまり自分たちの暮らし全体をみつめ直そうということなんです。

ソバの向こうにみえるもの

 食農教育をするさいにも、この視点が大切です。ソバならソバを中心に、なにがそれを取り囲んでいるのか? 私は、子どもたちにまずタネを見せます。ソバのタネを見たことがあるでしょうか? あんな三角錐の形のタネはそうそうない。ふつうは丸か平らかですよね。土手へまいても生えてくる、その生命力に驚きます。食べ方についても、昔の人は粒っきり食べたわけではない。もやしでも食べた。大きくなっても、葉っぱをかいてお浸しにした。粒や葉だけでない、茎も使います。小川村では茎を燃やした灰を使って、コンニャクを固めるんです。すごいよねぇーって。

 また、ソバ切りとソバガキをとおしてハレ(行事食)とケ(日常食)の話もする。昔の人は、ケのなかにハレをぽこぽこ入れ込みながら、暮らしのリズムをつくっていたんだよなぁ、と。鬼無里村には、ケの食として「むじなそば」というのがあるんです。むじなそばは、冷めたみそ汁にソバ粉を入れて溶かし、おはしでかき混ぜながら温めて食べます(62頁)。朝のみそ汁の残りを使って簡単に腹ごなしができる、生活の知恵ですね。

池田玲子さん
食農教育講座でソバのうんちくを語る池田玲子さん。池田さんは、1938年生まれ。1958年から40年間、長野県職員として農村を回り、農家のおばちゃんたちとともに生活改善関係の仕事をしてきた。現在、信州つがいけ食農学習センター講師。(土屋清美撮影)

 ソバ切りにしても、こね鉢のカーブだとか、包丁の形、ソバをのばすときにネコの手にすること、ソバのたたみ方、切り方、すべてに意味があります。打ち粉を打つしぐさにしても、合理的でムダがない。お茶の作法があるように、誰かがソバ打ちの作法を極めてもいいんじゃないかと思うくらいですが、それが日本人の美意識にも通じるんです。経済の面では、ソバの自給率が20%だとか、ソバ粉の流通についてとか。ソバからいろんな世界がみえてきます。

 鬼無里のおばちゃんたちと、そんな感じで食と農のテキストをつくっていると、農文協の絵本『そだててあそぼう』に行き着いちゃいました。おばちゃんたちも「あの絵本はすごいなぁ」と言っています。あれに、地域の具体的なモノを入れていけば、すばらしいテキストになりますよねぇ。

孫に持たせたい4つの確信

 農家のおばちゃんたちが食農教育をする目的は、4つくらいあるんじゃぁ、と思います。

(1)この村に生まれてよかった

 小川村の女性と「土壌」の話をしていたときのことでした。田んぼや畑の土ができるまでに何年の歴史がかかっているんだろう? と。一つひとつの畑や田んぼは、先祖が営々として耕し続けてきたからできている。水路や農道をつくり、農地に毎年堆肥を入れてきた。人の手が加わらないと、作物が育つ土にならないんだよ、と。それが1年、2年放っておくと、もとの荒れ地に戻っちゃう。ほからずに営々として耕し、何百年も田や畑を守ってきてくれた。そういう村に住んでいることの「幸せ感」っていうんですかねぇ。そんな宝物は都会にはないことです。ただの田植え実習ではなく、「この地域ってすごくいいよねぇ」ということを、さりげなく教えていく。食農教育の根っこには土の話があると思うんです。

(2)農家の人、昔の人はえらい(暮らしの技術)

 この水はどこからくるんだろうねぇ、と聞いてみる。栄村なら、「野々海の池」から、となる。この水を引くために何十年前にあそこのじいちゃんが犠牲になった。そういうことをちゃぁんと知っていて、今も堰普請をして引き継いでいるじいちゃんやばあちゃんはえらいんだ、と。

 それに、農家の人は村で暮らすためのいろんな技術をもっている。冷蔵庫がなくとも、お日様の力を借りて乾燥野菜をつくるじゃぁ。飯山の人なら、雪の中でどう暮らしてきたのか。干す技術もあれば、凍らせる、燻す、漬ける技術もある。自分の土地でとれたものを食べ続けるための、いろんな工夫や技術がある。縄や履き物をつくるときのワラ細工や、草刈りをするときの鎌の研ぎ方とか、暮らしのなかで民芸的な技術ももってきたじゃぁ。自分の食いぶちを段取りよくそろえるために、畑の輪作もやってきたよなぁ。そういう、いっぱいいっぱいの技術や知恵をもっている、じいちゃん、ばあちゃんはえらい、と教えたい。

(3)自然はすごい(人間の都合じゃない)

 自然への畏敬というんですかねぇ。人間の都合ではない、植物には植物の都合がある、ということです。インゲンマメならインゲンマメで、必死で種の保存をしている。次の世代をどうやってつくりだすか。ダイズならダイズ、ソバならソバの都合がある。人間の都合じゃないんだよ。自然の摂理といいましょうか、自然のなかで棲み分けができている。人間はそこから横取りして食べものをいただいている。併せて、農業技術の研究や発達も教えていきたいですねぇ。

(4)オレもやればできる

 ほめあげることも大事です。雪深いところなら雪深いところなりの自然があり、それを生かしてきたじいちゃん、ばあちゃんがいる。そんな自然や人に囲まれて、その遺伝子を引き継いでいるお前もえらい。育ててつくって食べて、実際にやってみてできたんだから、お前もえらい、と。

 子や孫にこの4つの確信を持たせることができたら、食農教育は成功したんじゃぁないでしょうか。

1年かけて「感動」の場づくりを

 そのためには、場づくりといいましょうか、しかけが大切だと思います。いまあげた4つの確信は、頭ではなく、見る、聞く、触る、匂う、味わう、といった五感をとおして、深くわかっていくことだからです。

 おばちゃんたちには、「農業なんだから、食農教育のしかけをつくるには一年かかるよ」と言っています。「おやきの講習会するなら、ムギの穂がなかったらしなんでちょうだい」と。ハウツーだけなら、農家が教える意味はありません。ムギの現物を見せて、ムギガムを噛ませてやったり、粒の数を数えさせたりする。子どものころ、ムギワラで虫カゴをつくったり、屋根葺きしたことも。萱場の権利のない家は、ムギワラで家をつくったんです。そんなことも話していかなけりゃぁ。

 今年、小川村や信州新町、中条村のおばちゃんたちは、子どもたちと豆をまいたようです。おばちゃんたちの計画では、「味噌づくりにつなげたい」という思いがあるようです。でも、行ってみるとダイズっきり整然と植えられているんです。「豆っつったら、ダイズっきりっつーことねぇだんかぇ」と言いました。どんなに講釈言っても、これじゃあおもしろくない。そこに比較するものがないと。ダイズを植えたら隣に地豆(ラッカセイ)も少し植えなけりゃぁ。豆は地上だけじゃない、地下にもできるんだよ、と。インゲンマメとか、ツルになる豆も植えたい。まき方とか草取りとか、みんなそれっきりやるけど、そうじゃない。比較することで、「おもしろいなー」と発見し、感動する。ソバをまいたら、アワやキビ、豆もまいてやる。畑に米をまいてもいい。そうすれば五穀豊穣の話が具体的にできるじゃないの。食農教育は理屈じゃなく、具体的なモノで語っていかなけりゃぁ。その場づくりをするためには、周到な準備と段取りが必要です。

食農教育とは「志」を「技」で語ること

 もう一つ大切なことは、形のないものを形にしていくことです。はじめに紹介した「食の文化マップ」。正直、あれだけでは物足りないんです。あの丸の外側に、文学や芸術、平和、哲学といった、もう一つ上の次元の世界が取り囲んでいると思うんです。「志」といいましょうか、「生き方」にかかわることです。食文化というのは、そういった目には見えない「志」を、それを実現する「技」で語らなけりゃぁ、と思います。

 そのためには、「そうだったんだ!」「わかった!」という感動を自分で文章にすることです。これは普及員時代から大事にしてきたことですが、農家のおばちゃんにも作文してもらうのです。おばちゃんたちがたった10回の会合でとんでもない成長をする。そのときの感動と自分の気持ちをどう表現するのか。「志」や「生き方」にかかわるものへと昇華させるためには、自分が感じた豊かさなりを表現する作業が必要だと思うのです。子どもたちにも、文章でもいいし、歌、詩、絵でもいいから、最後に自分が感動したこと、どれだけ深くモノをみられるようになったかを確かめさせてやりたいですねぇ。

 科学することも大切です。これも普及員のころによく言っていました。「モノを伝えるには、感動と科学だ」と。「こういうもんなんだ」では伝わらないんです。ソバ打ちと同じで、長く続いてきたものは、一つひとつの動作が理にかなっていて美しい。科学することで、わかりやすく納得させて伝えることができるんです。

 食農教育は、ただ育てて食べればいいっつぅもんじゃない。「生き方」や「志」を、それを実現する「技」で語らなけりゃぁ。そのためには、周到な準備をして「感動」の場づくりをし、伝統や技をわかりやすく「科学」して伝える必要があるんじゃぁ、と思います。

いま伝えなきゃぁ消えてしまう

 食農教育は、いまが正念場です。鬼無里のおばちゃんたちが集まった当初、私は集落ごとに子どもたちと活動することを提案しました。でも、おばちゃんたちは学校と結び付きたかった。子どもの数が減り、集落単位では活動が成り立たないという現状が一つ。もう一つは、長野市との合併を12月に控えていること。なんとか学校とつながって村長さんから「食の教師」としての認証のようなものをもらって、合併後の自主活動を保障したかったようです。

 また飯山市では、月1回、旧村ごとの企画委員が15人ほど集まり、「食の風土記」づくりをすすめています。それぞれ古老から話を聞くんです。そのなかで気づいたのは、昔は諺でかなりのことを教えていたんだなぁということです。食に関する諺が170も集まりました。栄養の話だけじゃなく、躾などもきちんと教えていて感動しました。たとえば、「飯と聞いたら火事より急げ」。ご飯となれば、どこでなにをしていようが、とにかく家族で一つのテーブルを囲む。共食についての教えです。「一膳飯に汁の二度かけ」。「おしかけまんま」といってご飯に味噌汁をかけて食べたものですが、一杯のご飯にどれだけの汁をかければいいのか、その判断ができないようじゃぁいけない。計画性や段取りの大切さですね。

 こういった昔の人が地域で営々として築いてきた知恵は、いま引き継がなければ消えてしまう。人から人へ伝わるんだから、私たちが伝え方を勉強しなきゃいけないんです。食農教育はいまが正念場だよなぁと、そう思います。

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