特集:動物の成熟
●巻頭言:動物の生殖,社会性,自我(朝倉彰)……129
●笹倉靖徳,丹羽隆介:動物の成熟研究が迎える新たな命題……130
本特集号では,さまざまな動物の変態や成熟時に生じる現象にフォーカスを置いている.それらは次世代個体を生み出すという,動物にとって重要なイベントであり,魅力的な研究テーマである.また目立つ現象であるため,一般的にもよく知られている.その一方で,変態や成熟メカニズムの研究は,とくに発生学的な観点からはどちらかといえばマイナーな印象がつきまとう.本特集号により,変態や成熟現象にはこれからの生物学が解明すべき現象が豊富に存在することを汲み取っていただきたい.さて,この序章では,それらの変態・成熟研究各論のバックグラウンドにある重要命題を挙げたい.その命題を把握しつつ,各記事を読んでいただき,変態・成熟研究がこれからどのような方向に進もうとしているのかを理解いただければ幸いである.
●坂本尚昭・山本卓:左右相称のプルテウス幼生から五放射相称のウニへ……133
ウニが属する棘皮動物は,幼生期は左右相称な体制をもつにも関わらず,変態を経て五放射相称の体制をもつ成体へと変化する.またその生活史にも,プルテウス幼生としてエサを摂取しながら成長し変態する間接発生型と,エサの摂取を必要としない直接発生型の2種類が存在する.本稿では,変態までのウニの発生を紹介するとともに,成熟・変態の分子機構やその進化についても紹介したい.
キーワード:ウニ,変態,珪藻,直接発生と間接発生
●松延祥平・笹倉靖徳:ホヤの変態にみられる記憶現象……139
ホヤは海産の脊索動物で,脊椎動物に最も近い無脊椎動物である.ホヤは幼生の時にはオタマジャクシ型の体制を取り遊泳生活を送るが,変態して成体になると固着生活を送る.つまり,ホヤの変態では,他の動物におけるのと同様,形態変化のみならず,行動パターンから生活スタイルまでもが変化する.ホヤの変態には,各変態イベントを開始させるための複数のスイッチがあることがわかってきている.近年の解析から判明してきた,それらのスイッチがオンになる条件と,そのスイッチが持つ役割について,この総説ではそれらの意義を含めて議論する.
キーワード:ホヤ,変態,固着,タイミング,ニューロン
●岡田令子・鈴木賢一:両生類の変態:分子から個体レベルの制御……146
変態は個体発生において,さまざまな環境変化に適応しつつ,形態や機能を変化させるユニークな生命現象である.両生類の幼生(オタマジャクシ)は水棲であるが,変態を経て陸棲の成体となる.そのメカニズムは甲状腺軸の成熟から始まり,細胞内の甲状腺ホルモンとその受容体(TR)により変態プログラムを実行し完遂させる.これまで得られている知見をもとに,変態メカニズムの全貌を考察したい.
キーワード:甲状腺,下垂体,甲状腺ホルモン,甲状腺ホルモン受容体
●佐竹炎:ホヤの卵巣成熟研究でわかったことと,今後わかりそうなこと……154
ホヤは,脊椎動物と最も遅く分岐した無脊椎動物である.したがって,ホヤには脊椎動物で確立された成熟メカニズムのプロトタイプが保存されていると期待されるため,成熟に中心的な役割を担う内分泌系や神経系の分子と機能の進化・多様化の研究できわめて重要な位置を占める.本稿では,ここ10年で明らかになったホヤの卵胞成熟機構について,神経ペプチドと受容体,さらにその制御機構について概説するとともに,卵胞制御機構の成り立ちを理解する上での重要性を論述する.
キーワード:ホヤは,脊椎動物と最も遅く分岐した無脊椎動物である.したがって,ホヤには脊椎動物で確立された成熟メカニズムのプロトタイプが保存されていると期待されるため,成熟に中心的な役割を担う内分泌系や神経系の分子と機能の進化・多様化の研究できわめて重要な位置を占める.本稿では,ここ10年で明らかになったホヤの卵胞成熟機構について,神経ペプチドと受容体,さらにその制御機構について概説するとともに,卵胞制御機構の成り立ちを理解する上での重要性を論述する.
●上野山賀久・束村博子:ほ乳類の性成熟を制御する脳内メカニズムの解明……161
ほ乳類において,性成熟は視床下部からの性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin-releasing hormone, GnRH)の分泌が開始されることによりはじまる.近年の研究から,視床下部弓状核に存在するキスペプチンニューロンが,GnRH分泌を制御するマスターレギュレータであり,性成熟のタイミングを決定することがほぼ確実となった.本稿では,性成熟を制御する脳内メカニズムについて,筆者らの研究成果をまじえて紹介したい.
キーワード:エストロジェン,キスペプチン,性腺刺激ホルモン放出ホルモン,GPR54
●森本元:鳥の成熟と体色変化……168
動物の体色変化は,多くの人々の興味を惹いてきた.そして近年,鳥類の色彩に関する研究は増加傾向にある.数十年前から続く性選択研究の流れを汲んだ行動生態学的研究をはじめとして,形質の多様性を検討する進化的研究や,眼と認知が関係する色覚の研究,発色メカニズムをさぐる生理学的研究,さらには構造色といった物理学的な発色の研究など,体色に関わる研究はたいへん幅広い.しかしその一方で,専門分野が多岐に渡るゆえに全容を把握しにくいのもまた現状である.本稿では鳥の最大の特徴である羽毛と換羽を中心として,鳥類の成熟と体色変化について概説する.
キーワード:成熟,羽色変化,羽毛,換羽,Delayed Plumage Maturation
●井村英輔・島田(丹羽)裕子・丹羽隆介:環境に応じて昆虫の発育を司るステロイドホルモンの生合成調節メカニズム……177
昆虫ステロイドホルモンであるエクジステロイドの生合成は,個体の生息環境や体内環境の変化に応答して調節されることで,適切なタイミングでの脱皮や変態を誘導する.しかしながら,環境を感知する脳神経系や各組織が,エクジステロイド生合成経路をどのようにして制御するのかは,いまだ不明な点が多い.本稿では,キイロショウジョウバエを中心とした研究から明らかとなったエクジステロイド生合成調節機構に関する最近のトピックを紹介する.
キーワード:エクジステロイド,変態,前胸腺,神経制御,キイロショウジョウバエ
●福山征光:線虫C. エレガンスの食餌環境に応じた成長制御機構……184
食餌環境が個体の成長速度や成熟サイズに多大な影響を与えることは昔からさまざまな動物種で観察されている.線虫C. エレガンスは受精から成虫に至るまで細胞分裂や分化のタイミングに個体間の差がほとんどなく,餌を制限することで成長を一時停止することが知られている.また遺伝学が容易に使えることから,食餌環境と個体成長との関係を細胞や遺伝子レベルで解析するのに好適な実験動物である.筆者を含めた研究により,C. エレガンスでは食餌制限時に成長にブレーキをかける遺伝学的経路が近年明らかにされつつあるので紹介したい.
キーワード:C. エレガンス,栄養,インスリン経路,マイクロRNA
●書評―『アルゼンチンアリ―史上最強の侵略的外来種―』
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Asakura Akira : Sociality, mating and ego (129)
Special feature : Animal maturation
Sasakura Yasunori & Niwa Ryusuke : New subjects of animal maturation (130)
Sakamoto Naoaki, Yamamoto Takashi : From bilateral pluteus larva to five-fold symmetric adult sea urchin (133)
Matsunobu Shohei & Sasakura Yasunori : Ascidian larvae memorize the experience of adhesion during metamorphosis (139)
Okada Reiko & Suzuki Ken'ichi : Amphibian metamorphosis: from molecular to whole-body level regulation (146)
Satake Honoo : Recent advances and perspectives in the study of ascidian ovary maturation (154)
Uenoyama Yoshihisa & Tsukamura Hiroko : Brain mechanism regulating puberty onset in mammals (161)
Morimoto Gen: Maturation and plumage color change in birds (168)
Imura Eisuke, Shimada-Niwa Yuko & Niwa Ryusuke : Mechanisms of steroid hormone biosynthesis to regulate insect development in response to environmental conditions (177)
Fukuyama Masamitsu:Dietary regulation of reproductive development in the nematode Caenorhabditis elegans (184)
Book review (192)
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