特集:生物の成長と休眠
●巻頭言:臨海臨湖実験所の今日的意義(朝倉彰)……193
●二橋亮:成長と休眠:特集にあたって……194
●藤原すみれ:概日時計により季節変動を知る高等植物シロイヌナズナの光周期依存的な生長制御……195
我々人間は,日の長さの変化から季節の移り変わりを感じ取ることができる.植物も,日長の変化を感じ取り,季節の変化に備える仕組みを備えている.日長の計測をつかさどるのが概日時計である.概日時計は,約24時間周期の内生のリズムを生みだし,明暗などの外環境からのシグナルを利用しながら,植物の生長をさまざまな形で制御している.本稿では,筆者の研究内容も含めながら,光周期依存的な植物の生長制御機構と概日時計の関係を概説する.
キーワード:概日時計,光周性,シロイヌナズナ,花成,生長制御
●頼永恵理子・吉村崇:脊椎動物の光周性の制御機構……205
動物たちは日照時間の変化から季節を知り,季節に応じて繁殖,換毛(羽),渡り,休眠などの生理機能や行動を積極的に変化させることで環境の変化に適応している.そのような現象は光周性と呼ばれているが,その背後にあるメカニズムは長い間謎に包まれていた.近年の研究によって,その謎が解明されつつある.本稿では動物たちがどのようにして季節を感知し四季の変化に適応しているのか,その巧みな生存戦略について鳥類と哺乳類をモデルに紹介する.
キーワード:光周性,季節繁殖,甲状腺ホルモン,2型脱ヨウ素酵素(DIO2),甲状腺刺激ホルモン(TSH)
●近藤宣昭:概年リズムにより内因性に制御される冬眠……212
高い体温でしか生きられない哺乳類が多い中で,0度近い低体温をものともしない動物がいる.この現象が冬眠で,体温の低下によって定義されてきた.ところが,低温でも働ける心臓の研究を通して,冬眠の定義が疑われる奇妙な結果が見いだされた.これを切っ掛けに冬眠特異的タンパク質が見いだされ,冬眠は従来の定義を超えようとしている.生体に潜む冬眠の本質を追い求める研究を紹介する.
キーワード:哺乳類,冬眠,概年リズム,体温低下,HP複合体
●森山実:温暖化がもたらす昆虫の成長速度の変化……221
外温動物である昆虫の成長速度は環境の温度に大きく依存している.そのため,近年の気候変動にともなう急激な気温上昇はこれまで維持されてきた昆虫の適応性を乱し,種の多様性に深刻な影響を与えている.本稿では,昆虫類の温度と成長速度の関係性について概説し,温暖化による昆虫の成長速度の変化が及ぼす生態系への影響について,筆者が研究対象としてきたセミの事例を挙げながら紹介する.
キーワード:気候変動,セミ,発育零点,フェノロジー,有効積算温度
●恩田美紀・丹羽隆介:発生タイミング制御の分子メカニズムの進化的保存性:
線虫を用いた研究が明らかにしたこと……229
動物の発生過程では,細胞分化と形態形成が3次元空間に展開されることと共に,個々の発生現象が時間軸に沿って適切なタイミングで実行されることが必須である.発生のタイミングや発生段階の特徴を調節する遺伝的メカニズムの解明に当たり,細胞系譜が完全に解明されている線虫は有効なモデル系である.本稿では,線虫の幼虫期から成虫期へのスイッチングに関わるlet-7マイクロRNAを取り上げ,その進化的保存性とヒトのがん発症との関連についての最近の知見を紹介する.
キーワード:発生タイミング,C. elegans, let-7,マイクロ RNA,がん
●平尾聡秀・久保田康裕・村上正志:生物多様性の維持機構の解明に中立理論が果たす役割……242
中立理論は群集形成における分散制限・種分化・生態的浮動の役割を明らかにしてきたが,その一方で群集中の全個体のデモグラフィーが同等であることや群集の総個体数が一定であること,種分化が点突然変異で生じることなどの非現実的な仮定に縛られてきた.中立理論が環境フィルターによるニッチ分化と分散制限による確率的プロセスの相対的重要性を評価する定量的なモデルとして機能するには,制約となっている仮定を緩和する必要がある.本稿では,中立理論の拡張を紹介するとともに,それらの拡張から導かれる新たな課題,そして生物多様性の維持機構の解明に中立理論が果たす役割を考察する.
キーワード:系統,種分化,生態的浮動,ニッチ,分散制限
●書評—『古生物学』『ナショナル・ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集』『日本の外来哺乳類 管理戦略と生態系保全』『不死細胞ヒーラ〜ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生』『化学受容の科学:匂い・味・フェロモン 分子から行動まで』『レイチェル・カーソンに学ぶ環境問題』
Asakura Akira:Contemporary meaning of Japanese marine and inland water stations(193)
Special feature : The life cycle and diapause
Futahashi Ryo:Introduction(194)
Fujiwara Sumire:Photoperiod dependent regulation of Arabidopsis development by a circadian clock(195)
Yorinaga Eriko & Yoshimura Takashi:Mechanism of photoperiodism in veterbrates(205)
Kondo Noriaki:Internal control of hibernation by circannual rhythm(212)
Moriyama Minoru:Change in insect development rates by climate warming(221)
Onda Minori & Niwa Ryusuke:An evolutionarily conserved molecular mechanism for the regulation of developmental timing : Lesson from the nematode C. elegans(229)
Hirao Toshihide, Kubota Yasuhiro & Murakami Masashi : Roles of the neutral theory for unraveling maintenance mechanisms of biodiversity(242)
Book review(250)
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