月刊 現代農業
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食と農 学習の広場 田舎の本屋さん

facebook ツイート

昨年の「ツマジロクサヨトウ騒ぎ」は何だったのか

ツマジロ被害で?トウモロコシを前倒し輸入

 昨年8月下旬、日米首脳会談の中で、安倍首相はトランプ大統領に、害虫被害の対策として米国産飼料用トウモロコシ(子実)275万tの緊急輸入を約束したと報じられた。日米FTA(TAG)交渉のさなかのことであり、 被害状況が明らかになってもいない段階での追加輸入に、野党などから疑問の声が上がった。これに対し、日本政府は「年間輸入数量(約1100万t)に追加して輸入するわけではなく、民間からの申し出に応じ、前倒し輸入を補助する事業である」と釈明。前倒し期間分の保管料などを補助するという。菅官房長官は8月27日の会見でこう説明した。「ガの一種である『ツマジロクサヨトウ』の幼虫による食害が全国的に拡大し、飼料用トウモロコシの供給が不足する可能性があるためだ」。

 この名に聞き覚えのある読者も多いだろう。ツマジロクサヨトウ(以下、ツマジロ)は、外来のヨトウガの一種だ。昨年7月3日、鹿児島県南九州市で初めて発見され、その後、南は沖縄、北は青森まで全国に飛来していることが判明。各メディアがこぞって取り上げ、その移動能力や海外での食害の規模などが連日報道された。

被害の実態はなかった

 当時、発生が報道された山口県病害虫防除所の東浦祥光先生に、その後の状況を聞いてみた。昨年、飼料用トウモロコシ圃場1カ所でツマジロが発生したが、ただちに特殊報を発令、薬剤散布したことで、減収や他圃場への拡大は防ぐことができたという。「現在、全国の発生状況をネットで共有しており、今後はその情報をもとに、近県に発生が認められ次第、すみやかに注意喚起していきます」。

 沖縄県病害虫防除技術センターの金城邦夫先生によると、昨年沖縄ではサトウキビなどに食害が見られたが、収量に影響するほどではなかった。「アワヨトウやアワノメイガと違い、芯枯れを及ぼすという報告はありません。そのためサトウキビなら、軟らかい新芽時期に食害を受けても、長い生育期間の中で十分回復できるのかもしれません。殺虫剤が効かなかったという報告も、今のところないですね」。県内10カ所にてフェロモントラップによる予察、月2回の圃場調査を継続していく。

 昨年9月3日付の農業共済新聞(電子版)によると、「鹿児島、千葉、大分、宮崎など、発生が報告された県でも、一部に食害があった程度で、減収につながる被害は出ていない」そうだ。

長距離移動と広食性……「重要害虫」ツマジロクサヨトウとは

 原産地は南北アメリカ大陸の亜熱帯〜熱帯地域。成虫は長距離移動性があり、その距離は一晩に約100km。幼虫は広食性(多くの作物種を食べる)で、トウモロコシやイネ、ソルガムなどイネ科の作物を好むが、イモやマメ類も食べるとされる。アフリカ大陸では2016年に初発生。17年の大陸全体での被害額は2700億〜6900億円に及んだ。アジアでは18年夏に初めてインドで発見され、昨年、中国・華南に到達したことで、ウンカのように(214ページ)気流に乗って日本にひとっ飛び可能となった。日本本土での越冬は難しいとされるため、毎年の飛来個体への対処が重要となる。

ツマジロクサヨトウの成虫(雄)と幼虫
(山口県病害虫防除所提供)
老齢幼虫は、頭を正面から見たときに見える、「逆さのY字型模様」で判別できる

 

各地の研究機関は大迷惑

 各地の研究機関は、ツマジロ騒ぎで大いにとばっちりを食った。農水省の消費・安全局から各地の農政局を通じて発生調査が命じられ、報告を義務付けられたのだ。通達文には、緊急調査の理由として「本虫は移動能力が高く、今後他の地域へ移動分散する可能性がある」とある。しかし、兵庫県立農林水産総合センターの八瀬順也先生はこう疑問を呈する。

「移動性が高い害虫って、挙げればいくらでもいます。クビアカツヤカミキリなど、現状もっと問題となっている虫を優先すべきでは?」。

 政府の謳うもう一つのやっかいな特性「広食性」についても、八瀬先生に聞いてみた。「給餌試験では、虫はそれほど好んでいないものも食べる傾向にあります。でも、エサを選べる自然状況では、一定の作物を選択的に食べる。もしツマジロで害が出るとすれば、トウモロコシではないでしょうか。しかし現状では、アワノメイガやアワヨトウの被害のほうがずっと大きいですね」。じつは、ツマジロには主にイネを食害するタイプと主にトウモロコシを食害するタイプがあり、飛来源の中国での被害は、その98%がトウモロコシ圃場。実際、昨年国内で食害が認められた作物はトウモロコシが主で、食べるとされていたイネやイモ、マメ類などは含まれていなかった。

 この「重要害虫」に多くのマンパワーを費やす羽目になり、研究者からは不満噴出。会議やシンポジウムの場で、農政官に詰問する場面が何度も見られたという。

今年は落ち着いて対処を

 被害の実態がない状況で、冒頭の前倒し輸入が発表された。さらに言えば、「被害が出る」とされた日本の飼料用トウモロコシは茎葉もろとも刈り取るタイプだが、輸入するのは子実のみ。利用目的が大きく違ってくるため、前提からしてメチャクチャだ。

 果たして「笛吹けど踊らず」状態が続き、9月、10月、11月を過ぎても、輸入希望の申請者はゼロ。12月中旬になり、江藤農相は「初申請があった」と発表したが、申請者や数量、目的や用途などは「民間のことゆえ」として明かされなかった。

 一方、騒動の発端をつくった安倍首相は、昨年10月の衆議院本会議で、「米国と(トウモロコシ購入で)約束や合意をしたとの事実はありません」と言い放った。自分のしたことを平然と否定し、忖度する周囲がつじつま合わせに奔走する構図は、森友学園や桜を見る会とまったく同じである。

 関係者によると、政府・農水省は今年度、ツマジロについて粛々と調査・対策を進めていく方針だという。一方、この害虫への注意は今年こそ重要だ。暖冬の影響か、1月にはすでに鹿児島と沖縄で発生。昨年と違い中国大陸で越冬した個体もいると考えられるため、飛来数が増える可能性がある。油断せず、不必要に騒がず、冷静に対応したい。(編)

登録はなくても、農薬で防除できる制度がある

 新規害虫であるツマジロへの登録農薬は現状ゼロの状態だが、発生した場合に適用できる制度がある。植物防疫法の第29条第1項に、重大な被害を及ぼす有害動物についての規定があり、発生都道府県は国との合意の下で、必要な防除ができるとされているのだ。ツマジロの防除に関しては、飼料用トウモロコシで8種類、未成熟トウモロコシでは30種類近くなど、この規定の下に使える殺虫剤が挙げられている(下表)。薬剤抵抗性は報告されておらず、これらの薬をローテーションに組み入れれば、アワノメイガやアワヨトウとの同時防除で十分対処できるという。

 

ツマジロクサヨトウの防除に使えるおもな農薬

農薬名農薬名
アクセルフロアブルサブリナフロアブル
アグロスリン乳剤スミチオン乳剤
アディオン乳剤ダントツ乳剤
アニキ乳剤トレボン乳剤
アファーム乳剤パーマチオン水和剤
エスマルクDFパダンSG水溶剤
エルサン乳剤バッサ乳剤
カスケード乳剤フェニックス顆粒水和剤
ガゼット粒剤プリンスフロアブル
カルホス乳剤プレオフロアブル
キックオフ顆粒水和剤プレバソンフロアブル5
ゲットアウトWDGプレバソン粒剤
コテツフロアブルモスピラン顆粒水和剤

飼:飼料用トウモロコシ、未:未成熟トウモロコシ、子:トウモロコシ(子実)、サ:サトウキビ
植物防疫法29条第1項に則り、各作物に使用できる農薬。○はその作目で使用可能であることを表わす。イネやエンバクなど、他作目についても使える農薬が別途決められている。詳しくは農水省のホームページ。福島県ホームページ中の「使用可能な農薬リスト」もわかりやすい

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2020年6月号
この記事の掲載号
現代農業 2020年6月号

特集:2020年減農薬大特集 こっそり読もう 今さら聞けない除草剤の話 きほんのき
虫の目をあざむく模様防除/台所にあるもので虫や病気が消えちゃった/効果テキメン! 農薬+αの混用/ますます広がる、RACコードでローテーション防除/果樹のハダニ 天敵カブリダニで立ち向かう/トビイロウンカに要注意/農薬に頼らない! ジャンボタニシ対策あの手この手/直播も移植も 雑草イネをだまし討ち/減農薬への道 果樹の粗皮削りをうまくやる ほか。 [本を詳しく見る]

田舎の本屋さん 

もどる