標高差を活かしてずらし栽培
アヤメと大麦の花束が大ヒット静岡・前川俊雄
アヤメと大麦の花束を直売所に並べる筆者、76歳(写真はすべて赤松富仁撮影)
海抜450mと120mに畑がある
子供の頃から農業を見てきたこともあり、自分も小学4年生のとき、ニワトリを6羽飼い、自転車で30分かけてスーパーへ卵を売りに行っていました。農業が好きで、果樹研究所に入所できたことは今でもうれしい思い出です。主に日本風土に合うカンキツ類の研究をしていて、いずれは自分でも生産し販売したいと思っていました。40歳のとき、大手物流会社に転職。15年経ち、いよいよ農産物の生産から販売までをやるようになり、それから農業一本で生活しています。
諸子沢の斜面の畑で作業中。以前は茶農家だったが、今は切り花や枝物、果樹をつくる
自宅のある静岡市葵区諸子沢は、海抜約450mの山間過疎地域です。海岸から約60km、静岡駅から約30km入った奥地。冬期の気温はマイナス7℃まで下がることがあります。山に近い家々は朝9〜10時にならないと太陽が当たらず、夕方3時頃には太陽が隠れてしまい、夜がとても長いです。
アヤメは蕾の状態で切り、売り場で咲き始めるようにする。一番上の花がすでに咲いていたら摘み取って、下の蕾を利用
大麦は穂が出てから収穫。寒さに非常に強く、葉に斑が入る
アヤメと大麦を組み合わせて花束にする。直売所やスーパーなど8店舗で販売
畑はここ諸子沢と、自宅から約50km離れた海抜120mの静岡市清水区にあり、花や果樹を栽培し、直売所やスーパーで販売しています。
紫色の花と緑色の穂の組み合わせ
花は標高差や畑の南北の向きによって、咲き方に違いが出るので、それを活かして出荷期間を長くしています。特にヒットしたのが、アヤメと大麦を組み合わせた花束です。
アヤメは昔から庭の隅に1株あったのを株分けし続けて増殖しました。1本の茎に4個前後の蕾がつき、先のほうから順に紫色の花が咲きます。収穫するときは蕾の状態です。
大麦は十数年前に園芸店でタネを買い求めて(タキイの裸麦「笹の雪」)、ずっとタネ採りを繰り返してきました。10月の上旬と中旬と下旬、11月の上旬と中旬と下旬、12月の上旬と、時期をずらして播種。この大麦は気温0℃が数時間続く日があると、葉に白い斑が入ります。出穂してから若々しいうちに収穫します。
アヤメの収穫は、清水の畑で4月上旬から始まり、それが終わる頃に諸子沢の畑に移り、5月中旬まで続きます。そのときどきで穂が見頃になった大麦と合わせています。アヤメ10本、大麦10本を束にして220〜250円で販売。1日100束売れることもあります。
花が少ない時期に売れる
アヤメと大麦の花束はなぜヒットしたのか。アヤメの紫色の花、大麦の白い斑入りの葉とみずみずしい穂……地味な花束ですが、直売所では花が少なくなる時期なので、お客さんから非常に真新しく見られるのだと思います。静岡市内では田畑で麦がつくられていないので、余計に珍しく感じるのかもしれません。
こんなことがありました。直売所で、開店30分ほど前から約50人のお客さんが待っていました。その中の1人に「店内に飛び込んだら、足元の花入れが目に入りました。この寒い時期にと思ったら、アヤメと大麦の花束でした」と笑顔でいっていただきました。そのときの生産者としての喜びはありません。
その他の大ヒット花束 組み合わせ 販売時期(月) ネコヤナギ+ツバキ 1〜2 アカメヤナギ+ツバキ 1〜2 サクラ+ミモザ 2〜4 ハナモモ+ミモザ 2〜4 ダリア+大麦 3〜6 モクレン+ユキヤナギ 3〜4 モクレン+トサミズキ 3〜4 ミモザ+ユーカリ 4〜5 シモツケソウ+ユーカリ 5〜6 パンパスグラス+ユーカリ 5〜7 ケイトウ+ドドナエア 6〜7 ユーカリ+マユミ 11〜12 スイセン+ドドナエア 12〜1 ロウバイ+ツバキ 12〜1 ロウバイ+ナンテン 12〜1 ツバキは「乙女椿」「太陽」、サクラは「河津桜」「横浜緋桜」「御殿場桜」「プリンセス雅」「陽光」、ハナモモは「矢口」「源平」、ユーカリは「銀世界」「グニー」、ロウバイは「満月蝋梅」など
直売所では単品よりも2種類以上のセットにしたほうがよく売れる。お客さんに飽きられないよう、その都度組み合わせを変える。花持ちがよいもの同士を束にするのがポイント。
野生動物との戦い、でも毎日楽しい
諸子沢は平地が少なく、スギとヒノキの植林地で、昔からイノシシやサル、シカ、ハクビシン、ムササビ、マムシなどの野生動物が生息し、それが年々増えているため住民は困っています。花も被害を受けます。
そのため、私はあちこちの農地に電気柵を張り、10日に1度は見回り、月に1回バッテリーを交換しています。山奥の農業は野生動物との戦いです。
それでも夫婦2人でできる農業経営をしてきましたし、また、これからも続けていくつもりです。直売所やスーパーまでは片道50kmで、約2時間かかりますが、なるべく毎日配達しています。毎日が楽しい農業。思いを込めて歩いています。
(静岡市)
この記事の掲載号『現代農業 2019年5月号』特集:浮きワラなし 根張りよし 浅水さっくりスピード代かき法
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