月刊 現代農業
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「もしかして間違ってる?
芽出しのやり方」コーナーより

ホウレンソウは水に浸けてから播く。
野菜苗はセルトレイでビシッとかっこよく……。
でもそのやり方で本当にいいの?
常識を疑ってみると、
もっとタネがよろこぶ播き方が見えてくるかも。

(依田賢吾撮影)

(依田賢吾撮影)

何でもかんでも
水に浸ければいいってもんじゃない

市川啓一郎

筆者(65歳)。昭和25年頃創業の市川種苗店2代目店長。
店頭にはオリジナルのタネの小袋がズラリと並ぶ

筆者(65歳)。昭和25年頃創業の市川種苗店2代目店長。 店頭にはオリジナルのタネの小袋がズラリと並ぶ

栽培情報とともにタネを売る

 長崎県佐世保市のタネ屋です。店に来るお客さんは地元で少量多品目を栽培する直売所出荷の農家がほとんどです。うちでは大袋や缶入りのリッターで仕入れた種子をオリジナルの小袋に小分けし、佐世保の気候にあった解説書を入れて販売しています。昔の量り売りに近い売り方です。

 また、6、7年前からインターネット販売もしていて、今では店の売り上げの3分の1にまで成長しました。とくに、愛知県のアカヲ種苗さんが開発した超極早生タマネギ「スーパーアップ」の生理生態をネットで積極的に発信し、タネの販売を伸ばしています。8月下旬播きで2、3月にとれる品種です。

 極早生タマネギは冬場の休眠がないため、一般的な中晩生のタマネギとは栽培法も大きく異なりますが、種苗メーカーやJAから情報がほとんど出ていないのが現状です。長崎、佐賀、熊本で田んぼの裏作として急速に拡大するなか、当店の情報発信を役立てている農家もたくさんいます。

大袋などで仕入れたタネをオリジナルの小袋に小分けして販売。袋内のタネも乾燥しないようにもう1枚ビニールで包んでいるが、ネギ類など発芽勢の弱いものはアルミ防湿袋に入れている

大袋などで仕入れたタネをオリジナルの小袋に小分けして販売。袋内のタネも乾燥しないようにもう1枚ビニールで包んでいるが、ネギ類など発芽勢の弱いものはアルミ防湿袋に入れている

オリジナルの小袋と解説書

タネ播きは「佐世保において秋は9月中旬以降、猛暑の時はそれよりやや遅いほうがよいです!」など、地元の農家向けの栽培情報が豊富

タネ播きは「佐世保において秋は9月中旬以降、猛暑の時はそれよりやや遅いほうがよいです!」など、地元の農家向けの栽培情報が豊富

なんでもかんでも
コート種子でいいのか?

 さて、タマネギは一般的な地床育苗では生種が使われることが多いですが、育苗トレイで確実に生育を揃えたい場合などは、コート種子を使うこともあります。コート種子とはタネを粘土鉱物などで包んで丸く成形し、播きやすくしたものです。選別したタネを使っているので発芽率もいい。もともと発芽率のいいアブラナ科のタネでも、最近はコート種子が増えています。ただ、ネコも杓子もコート種子のほうがいいというのは、間違いですね。

 形がいびつで発芽率も悪いニンジンのタネなんかは、産地ではほとんどがコート種子です。直売所農家でも発芽しやすいからと、コートを使う人が多い。でも、赤土などの乾きやすい土質の畑では、生種のほうがいいんです。

 ニンジンは播種から発芽まで8日もかかり、その間に水分が途切れないようにしなきゃいけない。コート種子は吸水後に乾くと周りの粘土鉱物が固まって発芽しにくくなるんです。生種をたくさん播いて間引きしたほうが確実です。また、ニンジンやゴボウのタネには二次休眠といって、環境が悪いと芽が出そうなところで自ら休眠してやり過ごす能力もあるのです。

レタスのコート種子と生種。コート種子はタネの周りを粘土鉱物などで覆って、播きやすい形や大きさに揃えてある

レタスのコート種子と生種。コート種子はタネの周りを粘土鉱物などで覆って、播きやすい形や大きさに揃えてある

 プライミング種子、 ネーキッド種子って?

 プライミング種子という発芽促進処理をしたタネも増えています。わずかな水分を吸わせていったん発芽のスイッチを入れ、細胞分裂を始めた状態で止めたものです。スタートの準備が整っているので、接ぎ木のタイミングをバッチリ合わせたいトマトや、硬い皮で覆われたホウレンソウの発芽を揃える目的で使われています。

 タキイ種苗では、ホウレンソウの種子の皮を軟らかくして吸水性を向上させたエボプライム種子も販売しています。また、ネーキッド種子といって硬い皮を完全に取り除いたホウレンソウのタネもありますが、生育に支障が出る高温下で芽を出してしまうなどの欠点があり、現在は取り扱っていません。種皮には、芽を出すタイミングを調整する役割もあったのですね。

プライミング種子まで水に浸ける人も……

 さて、昔から農家の間でも、硬い皮に覆われた硬実種子を発芽促進処理してきました。ホウレンソウは水に浸けてからタネを播くのがセオリーです。しかし、処理済みのプライミング種子やエボプライム種子まで水に浸ける農家が後を絶ちません。うちで取り扱っているホウレンソウの品種は、ほぼ100%発芽促進処理済みなので、「水に浸けないで」と伝えているのですが……。

 とくに畑が砂漠のように乾きやすい高温期に浸漬したタネを播くのは、生まれたばかりの赤ちゃんを保育器から入れたり出したりするようなもの。そのまま播いて自然発芽させるよりも、播いた後の出芽条件が厳しくなります。種皮が硬い硬実種子だからといって、なんでもかんでも水に浸けてからタネ播きするというのは、間違いですね。

 オクラのタネも最近の市販品は農家が種子処理する必要はありません。オクラのプライミング種子はありませんが、メーカーではタネ採り後の含水率を調整していて、カラカラに乾いて種皮が硬くなる前の状態で保存しているからです。発芽条件が揃えばそのまま播くだけでOKです。ただし、安いタネや自家採種したものは、あとで述べるような処理をするといいです。

カボチャの発芽促進処理

カボチャのタネ

タネ播きは「佐世保において秋は9月中旬以降、猛暑の時はそれよりやや遅いほうがよいです!」など、地元の農家向けの栽培情報が豊富

切り口はこんな感じ。双葉の先端が多少傷ついたが、清潔な培土に播けば問題ない

爪切りでタネに傷をつければいい

 硬実種子や夏野菜の生種を短時間水に浸けたのち、湿った布にくるんで温度条件を整える人もいます。いったん吸水させたあと、発芽に必要な水、酸素、温度を供給するので、これはとても理に適った方法です。しかし、毎年ゴーヤーを水に浸けて失敗するお客さんが現われます。たいていは水に浸けすぎて酸素不足になったのが原因です。私は浸漬処理ではなく、タネに傷をつけるのをおすすめしています。

 ゴーヤーのタネは水を含んでもまるで靴底のゴムのように硬い皮で保護されています。おそらく、硬い皮を割って出るほどの強い種子だけを生き残らせるための戦略でしょう。鳥に食べられて糞として拡散されるときに、消化管を通ったタネが強力な胃酸に溶けないよう硬い種皮を持ったのでしょう。ちょっと水に浸けたくらいではビクともしないほど強力な皮なのです。

 でも、風船を弾けるまで膨らませるには相当な肺活量が必要ですが、針でポンと刺せば簡単に弾けますよね。それと同じで、硬実種子は傷をつければ簡単に吸水し、自ら皮を割って発芽するのです。

 タネの数が少ない場合は、爪切りが便利で安全です。ゴーヤーの場合、爪切りで端を切ると中身が分離しているので、簡単に取り出すことができます。ピーナッツの殻をむくように、素手でもはがせます。ネーキッド種子ですね。これで古ダネでも発芽が揃います。ただし、丸裸の状態なので、用土はできるだけ清潔なものを使います。

 カボチャ、カンピョウ、ヘチマ、スイカなども爪切りで傷をつけると芽が出やすくなります。オクラのタネも、数が少なければ爪切りのヤスリで傷をつけられます。数が多い場合は粗い砂でゴシゴシやると、効率よくできます。比較的軟らかいパクチーのタネは、かまぼこ板などでゴリゴリします。

(長崎県佐世保市・市川種苗店)

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2019年3月号
この記事の掲載号
現代農業 2019年3月号

特集:もしかして間違ってる!? タネの播き方
地面を締めてラクラク育苗/わき芽収穫で長〜くいっぱい稼ぐ/ナシ、名人が塾で若手に伝授/リンゴのせん定枝・ミカンの皮 畑のもので 農家の草木染め ほか。 [本を詳しく見る]

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