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「農家の自家増殖、原則禁止」私も異議あり!

「『農家の自家増殖、原則禁止』に異議あり!」と題して、本誌2・4・5月号で取り上げてきた「種苗法」の施行規則改定。

今月は、4月号の記事を読んだ方々に、それぞれ思うことを寄稿してもらった。

みなさん、農家の自家増殖を大事にしたいという思いは一つだ。

タネ採りが身近でなくなれば、人とタネがつむいできた歴史が断たれる

長野・石綿 薫

筆者。本人曰く、ある農家で育種素材になりそうなトマトに出会い、果実を分けてもらって喜んでいるところ

筆者。本人曰く、ある農家で育種素材になりそうなトマトに出会い、果実を分けてもらって喜んでいるところ

ちょっと違うのではないか

 本誌4月号の「やっぱり『農家の自家増殖、原則禁止』に異議あり!」をドキドキしながら読んだ。農水省の意見を聴きに行った翌日に日本種苗協会が訪ねてくるなんてすごい展開だった。海外への品種の持ち出しや無断増殖を理由に農家の自家増殖を制限しようという考え方は、理由が理由になっていないと感じた。

 私は、(公財)自然農法国際研究開発センターを退職後、農業を営んでおり、その傍らで育種も続け、営農品目の野菜のタネの6割くらいは自家育種・採種して使っている。オリジナル品種の育成は時間も手間もかかるが、世代を重ねると、地域の風土やうちの栽培方法に適応してくることが収量の増加でわかるし、食味・品質は直売所での販売や飲食店への直販でお客さんの反応から知ることができ、非常にやりがいを感じる。農業を通して品種が生み出され、品種がその農業を支えるというタネと農業の関係を実感している。野菜に関していえば、農家の自家増殖原則禁止の方向性はちょっと違うのではないかと思う。

なぜダイコン? ニンジン?

 まず大前提として、果樹の種子繁殖や野菜のF1品種をタネ採りする場合は、次世代はまったく異なる系統になってしまうので、それは自家増殖とはいわない。また、品種登録されていても、農家が自分の経営の範囲内で行なう自家増殖は原則自由とされてきたが、増やした種苗を無断で他人に販売したり分けたりすることはできない。それに、原則自由とはいえ、省令で定められた、農家が自由に自家増殖できない種類のリストが存在する。

 今回の種苗法施行規則の改定(2017年3月)では、このリストが82種から289種に増え、その中にはトマトやナス、キュウリ、スイカ、メロン、ダイコン、ニンジンも追加されている(328ページ参照、全品目は4月号337ページ)。したがってトマトの挿し芽繁殖は、その品種が品種登録されているなら営利栽培ではやってはいけないことになった。トマトやナスを挿し芽で増やしている人もいるようだし、登録品種については自家増殖とはいえ営利利用に制限をかけるのは理解できる。しかし、ダイコンやニンジンを栄養繁殖するのは困難だしメリットもないだろうに、なぜリストに入っているのかはよくわからない。

「自家増殖はやっちゃいけない」と思わせるのがねらい?

 このリストを見ると、農作物の自家増殖はやっちゃいけないんだ、という印象がどーんと伝わってくる。栄養繁殖が意味を持つのかといった物事を整理した話ではなく、とにかく増殖禁止だという印象だ。狙いはそこにあるのかなと勘ぐりたくもなった。

 種子繁殖に関しては、F1品種の種子繁殖は増殖にはならないので、リストに入っている種類については、品種登録されている固定種が増殖利用禁止ということになる。登録の有無や育成者権が継続しているか調べないと取り組めなくなった。農水省の品種登録ホームページから調べる方法もあるが、品種名が登録名と異なる場合もあり、簡単に調べがつく状況にはないようだ。

自家採種は時間も手間もかかる

 さて、ここで自家増殖可能な固定種を実際に自家採種して営農に使うにはどういう過程が必要になるのか、あらためて考えてみたい。

 例えば、ダイコンを10aつくろうと思ったら、500ミリリットルくらいのタネが必要だ。良好な状態の母本からタネが採れたとして、ダイコン母本は10本くらい必要だろう(本当は最低20本くらいほしい)。それをタネ播きから採種まで病気にならないように管理し、タネを刈り取り、脱穀、鞘を割って、ゴミを除き、篩や風選などで調製して、適切な水分で保管……と挙げればキリがないくらい細かな工程がある。

 葉根菜類は農家が取り組むにはずいぶんハードルが高いと思う。果菜類は、栽培面積当たりのタネの必要量と採種生産性から見れば比較的取り組みやすいけれど、それでも交配管理から調製まで片手間でさくっとやるレベルではすまない。自分で取り組んでみれば、技術もいるし、道具も必要で、時間も手間もかかることがわかるのだが、そもそも種子の増殖って、多くの人がどんどんやってしまうのを心配するようなものではないだろう。

 種苗法や育成者権の周知とともに、タネがどうやってできるのかも世の中に広めていったら、おのずとタネ屋さんの仕事の大事さが理解されるだろうなと思う。それを「原則禁止」にしてしまっては、登録品種かどうかいちいち調べたり、実際にタネ採りするのも手間がかかるしで、タネがますます縁遠いものになるのかなと思う。

タネ採りを遠ざけたら作物がわからなくなる

 そもそもタネは肥料や農薬と同列に並べる資材ではなく、作物栽培の主役である。タネは生きものであり、それは自力で育つものであり、栽培とはその育ち方を理解し、サポートすることである。だから、農家はタネ(品種)の特徴・生理生態を理解する必要があるし、能力・持ち味を活かし、弱点をカバーする使い方をしなきゃいけない。作物は植物としての歩みがあって今の姿となり、生きものとしての一生があって、その一部が農業で利用されているととらえると、その作物が乾燥気味が好きだとか、アンモニア態チッソを好む性質があるといった個別の性質が、その作物の歴史と生態のひとつなぎの物語として理解できると思う。作物の生き様物語(全体像)がわかっていれば、自分の田畑に当てはめるにしても、異常気象に対応するにしても、何を優先すべきかが判断できるだろう。

 タネ採りは作物の一生を見ることである。タネ採りができるだけ身近にあったほうが、その地域で、あるいは農業界全体として、作物を丸ごと理解できる機会を失わずにいられることになると私は考える。大量の情報が日々生み出されるなかでは、栽培に関する情報も種苗や採種に関する情報も、本来は連綿とつながって存在している生きものの世界や土の世界が、ブツブツと細切れの情報になっていくように感じる。タネ採りが遠いものになったら、先人たちのつくってきた品種や農の知恵さえも、ぶつ切りの情報の断片になりはしないか。伝承技術や生物学・農学のつながった体系に新しい情報をつないでとらえることは容易ではないが、つながって影響しあって丸ごと存在しているのが自然の姿なのだから、いつも現場に落としてとらえることが必要だろう。

SLローザビアンカ
信州生まれのイタリアナス。ローザビアンカとSL紫水とを交雑させ、その後代から選抜育成

信州黄金かぶ
輸入種子の黄金かぶから選抜育成。当初は裂根がひどく、ひげ根多く、球形も揃わず、黄色も淡いものも多かったが、選抜していくことで安定。松本平の寒さでも越冬・採種できるのが頼もしい

白オクラ
レディフィンガーと赤オクラの交雑後代から育成。赤い丸オクラにしようとしたが、柔らかく味のよいものを選んでいったら白いオクラになってしまった。イタリアンレストランのシェフに絶賛されている

農家の自家増殖は原則自由としたい

 ITPGR(食料・農業植物遺伝資源条約)とUPOV(植物の新品種の保護に関する国際条約)のなかで謳われている「農民の権利」としての農家の自家増殖が、条約の解釈で途上国の農家のことになったり、種苗関連産業振興の引き合いにされたりするというのは不可解だが、農家の自家増殖・自家採種は、それ自体が本質的に遺伝資源の保護・維持の場でもあるというのが条約をめぐる議論にあることは想像に難くない。日本の伝統野菜や在来種しかり、世界の品種の多様性も、農家による自家増殖と官民による品種改良や交易が相まって広がり今の姿があるのだ。遺伝資源(公共財)の維持を保障するためには、農民の権利として自家増殖を原則自由とし、もちろん育成者権との整合性も取って種苗法を整備するというのが最も自然なあり方のように思う。

 農家の自家増殖の原則禁止が何をもたらすのか。現代日本では当面の混乱はないのかもしれない。しかし遺伝資源の概念、自家採種の役割と育成者権の考え方が伝えられずに原則禁止という言葉だけが独り歩きすれば、タネ採りは何でも禁止という風潮になりかねない。そうなれば、これまでの栽培品種の多様性を維持・発展させてきた人とタネとの関係がうまく回らなくなっていくのではないか。

 タネ採りが身近でなくなれば、野菜がタネを着ける植物であることを知らない農業者がタブレットを見ながら野菜つくっているなんて未来がやってくるかもしれない。人類とタネがともに歩んできた歴史を引き継いで発展させていく未来、みんなのタネをみんなで共有する農のあり方が志向されていくべきだと思う。

(長野県松本市)

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現代農業 2018年6月号
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