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くらし・経営・地域

農家と反戦

戦後72年、この国では今、平和を定めた「憲法9条」を変えようという動きが日増しに強くなっている。農家として平和をどう考えるのか。反戦をどう考えるのか。 想いのある方々にご寄稿いただいた。

「小農」に強く立ち還ることこそ

静岡・中井弘和(78歳)

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(イザヤ書2章4節)

福井の空襲

 私は1939年福井県に生まれた。終戦の年は6歳で、戦争を経験した最後の世代に当たる。その当時、今メガネの産地として知られる鯖江町(現在は市)に住んでいた。終戦間際の夏の夜中、突然両親にたたき起こされ、空襲警報がけたたましく響く暗闇を走り、近くの山の中に逃げ込んだ。当町から北方に15km離れた福井市が米軍の大空襲を受けた時のことである。草陰に身をひそめて真っ赤に染まる空にとめどなく燃え上がるどす黒い噴煙のさまに目を凝らす私たちの頭上にも、爆撃地に向かって行き交う戦闘機B29から多く爆弾が落とされた。

 記録によれば、1945年7月19日午後11時20分から1時間半の間、人口10万ばかりの福井市に、127機のB29から10万発の焼夷弾が投下されたという。街の損壊率は85%、死者は約1700人であった。私は、長い間、山中への爆弾の投下は米兵が戯れに潜む私たちに向けて行なったのだと思っていた。しかし、それは、空襲で余った爆弾を消費するために帰還途中に落としていったものであると後で知る。戦争は確かに大量生産、大量消費、そして大量廃棄の経済至上主義の社会構造を最も端的に表していると気づかされたのである。

 玉音放送は大人たちの輪に交じって聞いた。放送終了後、悲痛な面持ちで聞き入っていた大人たちから、これでもう空襲はないと安堵の呟きをもれ聞いたことは今も忘れることができない。その翌年に公布された戦争放棄の新憲法には、当時の日本人すべての気持ちが色濃く反映されていると思っている。

棚田の一角に作った苗床にイネの種モミを播種する中井弘和さん。静岡大学名誉教授(元副学長)、専門は植物育種学。「農業・環境・健康研究所」の技術顧問のほか、棚田の修復と自然農法によるイネづくりを行なう「清沢塾」を主宰

棚田の一角に作った苗床にイネの種モミを播種する中井弘和さん。静岡大学名誉教授(元副学長)、専門は植物育種学。「農業・環境・健康研究所」の技術顧問のほか、棚田の修復と自然農法によるイネづくりを行なう「清沢塾」を主宰

農業が平和の象徴でなくなるとき

 戦争の対極に平和があることは言うまでもないが、平和の象徴として農業があげられることが多い。戦争が人間や大地への破壊行為ならば、人間を養う食べ物といういのちを大地から創造する農の営みを、平和の象徴とするのは理に適っている。しかし、農業がいのちを生み育てる本来の働きから、経済至上主義や市場原理といったものにからめ捕られたならば、それはもう平和の象徴とはいえない。

 メソポタミアやギリシャなどかつての文明が滅亡した主要因は、いずれも農業の大規模化による土壌の荒廃にあるという指摘がある(『土の文明史』ディビッド・モントゴメリー、片岡夏実訳、2010)。本来、農業は、地域の風土や文化・伝統に寄り添って、家族を単位とした小さい規模で地域住民の互いの助け合いによって行なわれてきた。しかし、いつしか権力者や資本家などが出現し、農地を収奪、併合し、さらに資金に物言わせたより大型の農機具の発明によって、農業規模は格段に拡大していった。その挙げ句、土壌崩壊や自然破壊が生じて社会の混乱や戦争を誘発し文明が滅んでいったのだという。

小農切り捨てと憲法9条改正の流れはつながっている

 日本政府、JICAは2009年から、アフリカ東南部に位置するモザンビーク共和国北部地域で大規模農業開発事業「プロサバンナ」を進めている。それに対して、地域の農民が根強い抵抗運動を展開している。彼らのほぼ100%が耕地面積10ha以下の小規模農家である。小農の農家たちがこの地域の森林と水と肥沃な土壌を守りながら暮らしてきた。この国では、近年、外国資本によって小農の土地やコミュニティの森林が奪われる事態が相次いで生じているのである。小農運動は、不正義や強い圧力のなか、各種市民団体やカトリック教会の支援を得て忍耐強く続けられている(『世界5』、ふなだ・くらーせん・さやか、2017)。

 今国会に「農業競争力強化プログラム」に基づく、種子法の廃止法案や土地改良法の改正法案など8法案が提案され、拙速に可決される状況にある(6月10日現在)。8法案から読み取れるのは、小規模の農家を併合して大手企業が担える大規模農業への転換の道筋である。経済界主導のこれらの法案には、現場を無視して、地域の風土や文化に根差す本来の農業の発想がない。国内外を問わず、強引に農家を選別し、小農を切り捨て、大企業主体の大規模農業への転換を進める経済至上の政策は、やはり現政権が推進する秘密保護法、安保関連法、共謀罪そして憲法9条の改正へと流れを一にする。

棚田での田植え祭りの様子。一般市民、子供、中学生、大学生など150人ほどが集まる

棚田での田植え祭りの様子。一般市民、子供、中学生、大学生など150人ほどが集まる

自然農法のイネの生命力

 私は1991年から大学定年までの14年間はイネの自然農法研究を、それ以降は、公益法人「農業・環境・健康研究所」(伊豆の国市)の技術顧問として、自然農法に適応するイネの育種を全国各地における農家の協力のもとに行なってきた。また2000年からは静岡市藁科川上流の清沢地区の山間で現地の農家や市民と共に、江戸の寛政年間に造られたという小さな棚田の修復と自然農法によるイネの栽培を実践している。これらの試みで学んだことはじつに多くある。ここでは、自然農法イネは冷害や高温障害、病虫害など環境ストレスに負けない強い生命力を持つこと、棚田ではその修復とイネの栽培後すぐにホタルが乱舞するようになり、トンボ、カエルなど多様な生き物たちが蘇ってきたことのみを挙げておこう。自然に寄り添い、知恵を働かせながら志をもって小農を営む農民がなお多く存在することを知ったことは、未来に希望の灯を感じさせる何よりよい経験となった。

 日本人が総じて幸福といえないことは先進国の中で有数に高い自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)から想像できる。それがGDPの高さと関係ないことは周知のことである。経済不況で評判のイタリアやギリシャは自殺率が低い(日本18・5、イタリア4・7、ギリシャ3・8、世界保健機関、2015)。

 今、私たち日本人に必要なことは、憲法9条を守り、武器を農具に替えて、本来の農業、小農に還り、外国とは決して争わないビジョンをもって生きる社会を創造する決意である。(静岡県静岡市)

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2017年8月号
この記事の掲載号
現代農業 2017年8月号

巻頭特集:夏の石灰欠乏に挑む
 業務用米をもっと多収/夏播きニンジンの発芽をどうする/中晩柑、大玉のカギは夏秋梢/サンショウは実・花・葉が売れる/手作りアイス&シャーベット/農家と反戦/秋ジャガは苗を仕立てて多収/農家のキャンプ場経営 ほか。 [本を詳しく見る]

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