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農文協のトップ月刊 現代農業2017年1月号>くらし・経営・地域

TPPの代わりに日米FTAか?
米国新政権への売国を加速させてはならない

鈴木宣弘

米国のトランプ次期大統領がTPP(環太平洋経済連携協定)に反対しているにもかかわらず、なぜ日本政府はTPP関連法案の可決を急いだのか。東京大学の鈴木宣弘先生に、その実態と懸念事項について解説いただいた。

世界の流れに逆行する異常な国

 国民の「格差是正」「自由貿易見直し」の声が巨大なうねりとなり、大統領候補はすべてTPP反対。2016年11月8日(現地)に行なわれた米国の大統領選挙は、TPP破棄を主張したトランプ氏が勝った。その米国のみならず、日本以外の参加国では、ニュージーランドしかTPP関連法案を可決していない。世界中で「やはりTPPは悪い」と証明されつつあるのに、わが国だけは「バラ色」としか言わない。不安の声を抑えつけ、多くの懸念事項に納得のいく説明もしないまま、最後は数の力で強行採決すればよいとの姿勢をあからさまにしてきた。

 このような非民主主義的な国は日本だけである。誰のために政治・行政をやっているのか、このような手続きは日本の歴史に大きな禍根を残す。見え透いたウソとごまかしが平然と繰り返され、まかり通ってしまう、この国は異常である。

 しかも、トランプ新大統領が決まった翌日に、世界の笑い者になって本当にTPP承認案を衆議院で強行採決した。安倍首相は「東京オリンピックまで総理を続けたい」(さらには無期限に?)と発言したと報じられているが、この発言に象徴されるように、「米国に追従することで自らの地位を守る」ことを至上命題としてきたのが官邸である。「まず、TPPレベルの日本の国益差し出しは決めました。次は、トランプ新大統領の要請に応じて、もっと日本の国益を差し出しますから見捨てないでください」というメッセージを送っているのである。新大統領のご機嫌取りに奔走するつもりだろう。

 トランプ新大統領の誕生で、オバマ政権のレームダック(死に体)期間に米国がTPPの批准を模索する動きも困難になったと思われるが、新大統領は「TPPには署名しない。2国間FTAでよい」「日本の負担が足りない」ということだから、日本が一層譲歩させられた日米FTAが成立しかねない。この流れに自ら喜んで応じようとする決意表明をしたのが、今回の強行採決とみてよいだろう。今後、さらに「売国行為」が加速される危険性を認識しなくてはならない。

わが地位を守るためだ

日本の規制改革会議を窓口に
国益を差し出す

 政権公約や国会決議でTPP交渉において守るべき国益とされた食の安全、医療、自動車などの非関税措置を日本政府はすべて譲っている。TPPが発効しなくても、日本が「自主的に」行なった措置として、もう実質的に発効しているのである。つまり、2国間の力関係でずるずる押し込まれている。この流れは今後さらに強まる。「日本の負担が足りない」と言っているトランプ氏に譲れるリストを政府はもう作成しているだろう。TPPで日本が受け入れたような農産物関税の合意についてはFTAなどが発効しないと効力が生じないから、米国が2国間FTAに切り替えようとする動きは当然予想される。

 これまでの2国間の力関係で、一番わかりやすいのは郵政解体である。米国の金融保険業界が日本の郵貯マネー350兆円の運用資金がどうしても欲しいということで、「対等な競争条件」の名目で解体せよと言われ、小泉政権の時からやってきた。ところが、民営化したかんぽ生命を見てA社は、「大きすぎるから、これとは競争したくない。TPPに日本を入れてもらいたいのなら、入場料としてかんぽ生命はガン保険に参入しないと宣言せよ」と迫られ、所管大臣はしぶしぶと、「自主的に」発表した。それだけでは終わらず、半年後には全国の2万戸の郵便局でA社の保険販売が始まった。要するに、「市場を全部差し出せば許す」ということだ。これがまさに米国のいう「対等な競争条件」の実態であり、それに日本が次々と応えているということである。

 さらに驚くことに、今回のTPP付属文書には、米国投資家の追加要求に、日本は規制改革会議を通じてさらなる対処をすることが約束されている。TPPの条文でなく、際限なく続く日米2国間協議で、巨大企業の経営陣の利益のために国民生活が犠牲になるアリ地獄に嵌まっている。

 それにしても、法的位置づけもない規制改革会議のような諮問機関に、利害の一致する仲間(彼らは米国の経済界とも密接につながっている)だけを集めて国の方向性を勝手に決めてしまう流れは、不公正かつ危険と言わざるを得ない。TPPでなくても、こういう流れは加速されるのである。

任せてください。企業のために日本の仕組みをどんどん変えていきますよ。

食の安全性は2国間協議でさらなる譲歩が進む

▼日本の安全基準が守られない

 食品の安全性については、TPPでなくても、2国間の力関係で決まる最たるものだ。TPPは国際的な安全基準(SPS)の順守を規定しているだけだから、日本の安全基準が影響を受けることはないという政府見解も間違いである。米国は日本が科学的根拠に基づかない国際基準以上の厳しい措置を採用しているのを国際基準(SPS)に合わせさせるのがTPPだとかねてより言っており(2011年12月14日、米国議会のTPPに関する公聴会でのマランティス次席通商代表[当時]の発言などを参照)、そのとおり条文に書いてある(TPP協定7章・9条2項)。今後は、TPPでなくてもさらに日本から譲歩する格好の分野として、トランプ新政権下でも差し出しが続くことになるだろう。

▼TPP成立後も加速するBSE規制の緩和

 例えば、米国の牛にはBSE(狂牛病)の危険性がある。日本はこれまで、BSEの発症例がほとんどない20カ月齢以下の牛に限定して輸入を認めていた。ところが米国から「TPPに参加したいなら規制を緩めろ」と言われたため、入場料として自主的に30カ月齢以下にまで緩めてしまった。米国は清浄国となっているが、BSE検査率は1%未満でほとんど検査されていないだけだ。しっかりとした危険部位の除去も行なわれていない。

 そして、TPP成立後は、科学的根拠が示せないなら、清浄国に対する規制を撤廃しろとの米国からの要求を見越して(米国通商代表部=USTR2014年SPS報告書61ページ等でも強く要求されている)、日本政府はすでに30カ月齢以下にまで緩めてしまった米国産牛肉輸入の月齢制限を撤廃する準備を終えている。国民への説明と完全に矛盾している。

▼「毒であると確定するまでは食べ続けろ」の論理

 また、米国は遺伝子組み換え(GM)食品は安全性検査によって安全が明らかになっているのだから、「GMを使用していない」と表示することは消費者を惑わす誤認表示だと主張している。「GMが安全でない」という科学的根拠が示せないならやめろ(因果関係が特定できるまでは規制してはいけない)と迫るであろう。「毒であると確定するまでは食べ続けろ」という科学主義は恐ろしい。

▼防カビ剤の規制緩和は約束されたことだった

 防カビ剤もTPPに並行させた日米2国間交渉で譲歩した。日本では収穫後に農薬をかけることが認められていないが、米国のレモンなどの果物や穀物には、日本への長期間の輸送でカビが生えないように農薬(防カビ剤)をかけなくてはならない。苦肉の策として、防カビ剤を食品添加物に二重分類することで、日本への輸出を許可することにしている。ところが、食品添加物は食品パッケージに表示する義務があるため、米国は、今度はそれが不当な差別だと言い始めた。そのため、日本はさらに規制を緩める(同じものを収穫前「農薬」と収穫後「食品添加物」として審査するのを一本化する)ことを2013年秋に約束したことが米国側の文書(USTR2014年SPS報告書62ページ)で発覚した(もう一段の改善=表示の撤廃は今も求められている)。当時、政府はそんな約束は断固していないと言ったが、TPP付属文書を見ると、日本政府がその時点で米国の要求に応えて規制を緩和すると約束したと書いてある。

日米2国間協議の三段階

 日米2国間の協議は、大きく分けて三段階ある。まず、TPPの交渉参加を米国に承認してもらうための事前協議で、国民には単なる情報交換と言いつつ、ここで牛肉輸入月齢制限の緩和などの「入場料」が支払われた。

 次に、交渉参加後も、日本のみが並行協議として、12カ国全体の交渉とは別に、長年米国が要求している日本の規制変更についての積み残し分を解決する場として、重点項目を9つ明記して対処を求められた。その項目のひとつに防カビ剤が挙げられていたのである。

 さらに、TPP交渉妥結後は、協定発効の前提として、参加国の国内法・制度・慣行がTPPに適合するかどうかを米国議会がチェックし、必要な廃止・変更を事前に要求する承認手続き(Certification)もある。月齢制限の撤廃はこの段階といえる。

 以上のように、食の安全性については、すでに次々と緩和を受け入れている。今後も日本はさらに「自主的に」譲歩する格好で、トランプ新政権下での国益の差し出しが続くことになるだろう。

日本ノ負担ガ足リナイ日米FTAデヨイ

農産物自由化要求もさらに加速されかねない

 非関税措置については多くがすでに実質的に発効しているが、農産物関税の合意については、FTAなどを結ばないと発効しない。米国農業団体は、新政権下でもTPPを進めてほしいと声高に表明している。せっかく日本から、米も、牛肉も、豚肉も、乳製品も、「おいしい」成果を引き出し、7年後に再交渉も約束させていたのだから。

 いみじくも、「(トランプ新大統領は)おそらくTPPの中身について詳しく知らないんだと思うんです。(TPP不成立なら)米国の農業にとっては、せっかくのチャンスをみすみす失うことになる」と朝日放送のインタビューで自民党TPP対策本部議員が述べている。だから「日本の負担増」を付加した2国間FTAへの移行も含めて事態は悪化しかねない。このことを肝に銘じておくべきである。

 政府は「規模拡大してコストダウンで輸出産業に」との空論をメディアも総動員して展開しているが、その意味は「既存の農林漁家はつぶれても、全国のごく一部の優良農地だけでいいから、大手企業が自由に参入して儲けられる農業をやればよい」ということのように見える。法人化・規模拡大の要件を厳しくして、政府の補助事業への一般の農家の応募をしづらくし、支援する対象を「企業」に絞り込もうとしているのも露骨である。しかし、それでは国民の食料は守れない。

 TPPが発効しなくとも、さらに事態は悪化する可能性が高い。国内での「イコール・フッティング(対等な競争条件)」を名目にした農業・農協組織攻撃も激化している。関係者が目先の条件闘争に安易に陥ると、日本の食と農と地域の未来を失う。自由化の影響が次第に強まってきて、気が付いたときには「ゆでガエル」になってしまう。現場で頑張ってきた地域の人々はどうなってしまうのか。全国の地域の人々とともに、食と農と暮らしの未来を崩壊させないために主張し続ける人々がいなくてはならない。

(東京大学教授)

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現代農業 2017年1月号
この記事の掲載号
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