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第2集

うしおくんとはすひめちゃんそらのおっぱいひょろのっぽくんほな またビッグ パーン!

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うしおくんとはすひめちゃん
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伊藤秀男 さく・え

せきのとまらない うしおくん
ばあちゃんのくれた
れんこんのあなを
なにげなくのぞくと…

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作=伊藤 秀男(いとうひでお)

1950年愛知県海部郡生まれ。76年の初個展以来、名古屋、東京はじめ各地で個展を開く。作品に『さかなつり』『町のけんきゅう』(福音館書店)、『ひたひたどんどん』(解放出版社)、『うみのむにゃむにゃ』(佼成出版社)、『こどもザイレン』『ぜっこう』(ポプラ社)、『とうさんの旅』(トムズボックス)、『さばうりどん』(岩波書店)、『おでっちょさん』(学習研究社)、『うしお』(ビリケン出版)ほか多数。『海の夏』(ほるぷ出版)で第41回小学館絵画賞、『けんかのきもち』(ポプラ社)で日本絵画大賞、紙芝居『なぜ、おふろにしょうぶをいれるの』(童心社)で第40回五山賞絵画賞を受賞。ひまなときは、台所や仕事場のリフォームに精を出しています。(→伊藤秀男公式ページへ)

ばあちゃんの村

 私が生まれた海抜0メートル以下の水郷地帯では、どの農家も竹ざおでこぐ舟をもっていました。今の軽トラックのようなものです。また、たいていの家のすぐ前には、用水があり、自分の家の橋がありました。子供たちは、よく自分の家の橋自慢をしたものです。舟が、この手づくりのような小さな橋をくぐるときは、まず舟を足でおして橋の下を通し、こぎ手はぴょんと橋の上にとび上がり、出てきた舳先にまたとび乗るのです。橋が低いので、頭でも打ってはたいへんですから。農閑期には子供も、時々舟あそびをしました。むしろがけでやねをつくり、やかたぶねとしゃれてみたりしました。とても暑い夏の日には、自分の家の橋の上で夕ごはんを食べたりする事もありました。川風にふかれて涼しいのですが、蚊が大変です。なにしろ戦前まではマラリアもめずらしくなかったのですから。
 そんな低湿地の村には、水田と共に蓮田が多くありました。子供の頃、気になったのは、夏の蓮花より、冬場の蓮根ほりです。つめたい伊吹おろしの中で、夫婦でどろんこになって見るからに大変そうでした。

 蓮根の料理で思い出すのは「煮あえ」です。蓮根、大根、にんじん、昆布、油揚げを千切りにして酢とざらめですこし煮るという感じだったと思います。まるで蓮根のサラダをドレッシングで煮たというふうで、だから「煮あえ」といったのではないでしょうか。白、赤、緑と、素材の色が生きて、きれいで甘ずっぱく、母の得意料理でした。また、箱ずしの具にもよく使われました。
私は30歳の時、「大御馳走(おおごっつぉう)」という題の大作の油絵を描いた事があります。村のお祭りの時の、座敷机の上のたべものを思い出せるだけ思い出して描いたものですが、その中にもこの「煮あえ」と「箱ずし」が出てきます。

 絵本に出てくる蓮の実ですが、これはおやつがわりに蓮田からこっそりちょうだいして、ぽりぽりかじるものでした。蓮根スープや、ハンバーグは、妻が故郷から取り寄せている蓮根で工夫して作っているものです。ポテトチップならぬ、レンコンチップも、息子のうしおはよろこびます。お父さんにはビールのおつまみです。蓮根スープと書きましたが、これは、ふしのところを煎じて、一さじ、二さじ飲ませるものです。たしかに咳によく効いたようで、友人にも教えてよろこばれました。アメはつくれるとよいのですが、自然食品店でみつけたものです。

 蓮の風景をいいなと思い、絵に描いてみようと思ったのは、30歳を過ぎてアジアへの旅に出るようになったのがきっかけだと思います。バンコクから北へ向かう列車の窓から、一面の蓮田が見えた時、「僕の生まれた村とおんなじじゃないか」とうれしい気持ちになったのを思い出します。子供の頃、蓮田を通りぬけるとき目がいくのは、根元の、水の中のえびがにや、たにしや、ふなや、こいや、げんごろうでした。

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そらのおっぱい
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スズキ コージ さく/大畑いくの え

そらのあかちゃんが
そらから ふってきた!
むらじゅうのおっぱいをのんでも、
まだのみたりない!

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作=スズキ コージ

1948年、静岡県浜松市生まれ。20歳の時、東京新宿の路上で初個展。71年日本橋プラザディックにおいて個展『コージズキンの世界』。画集『ゼレファンタンケルダンス』(リブロポート)、『大千世界のなかまたち』(福音館)、『サルビルサ』(架空社)、自伝的童話に『てのひらのほくろ村』(理論社)、『かくれんぼ』(福音館書店)ほか作品、アートパフォーマンス多数。夢遊病的誇大妄想魔法画家。(→スズキコージ公認ホームページ ZUKING

おかしな家族

 30年程前、ジャン・コクトーの『おかしな家族』という短篇に、絵を描いた事があって、太陽のパパと、月のママの間に子供が生まれ、2人は家庭教師に犬の先生を雇い、子供を預けるのだが、その子供はすっかり犬のように教育されて、授業中でも、あちこちかまわずオシッコしたりで、パパとママは、嘆くという内容で、おかしかった。

 こちらの『そらのおっぱい』の天上に住む多産系のママは、自分の赤ん坊たちを数えるのが困難なくらい毎日忙しい。

 昔から「赤ん坊を天から授かった」といわれるが、この話は本当に赤ん坊が天から降ってくるのだからすごい。

 やはり30年程前、富山県能登半島突端の狼煙というところに、真冬の雪の中に行ったことがある。

 地元の人にいわれを聞くと、古代に日本海に浮かぶ舟に向かって、乾いた狼のフンを燃やして合図を送ったそうで、『そらのおっぱい』でも、そらのママに、のろしの煙の手紙を送るシーンが感動的である。

 ラストでは、そらのママからのお礼に、おっぱいの雨が降ってくるシーンの喜びの大合唱が聞こえてくるような絵が素晴らしい。

 村人たちは、その乳でチーズをつくって、食べた人しかどんなにうまいかわからないのは、もっともな話で、想像するだけでも生ツバが出る。

 そらのママに赤ん坊がたくさんいるという事は、そらのパパが存在するわけで、ジャンコクトーの『おかしな家族』のように太陽のパパだったら、どんな絵になるだろうね? 

 とにかく、大畑いくの君の空飛ぶ魔法の絨毯織のような絵で、そらのおっぱいは堂々完成した。

 この絵本をみなさんの眼・耳・鼻・舌で、とっくり味わっていただき、そらのおっぱいの、むせかえるような喜びに包まれることを願います。


絵=大畑 いくの(おおはたいくの)

1973年、神奈川県横浜市生まれ。ワイオミング州のWestern Wyoming Community Collegeで油絵を学ぶ。同校卒業後、シアトルで露天商生活をへて、2000年帰国。05年、東京・中野での初個展以来、数々の個展、グループ展、ライブペィンティング、挿絵の仕事をこなす。作品に『貝のなる木』(編集工房くう)、『ハナノマチ』(月刊MOE 07年11月号)など。古布を使った人形づくりに夢中。

偉大なおっぱい

 赤ちゃんが乳に吸いつく姿っていいもんです。力強くて美しい。かつて自分もあの人もこの人もそんなふうだったなんて、とても信じられないけど。

 私はミルクで育ったらしい。よく飲むまるまる太った健康優良児。必ず男の子にまちがわれたそうです。そんなドッシリベイビーだった私ですが、夜泣きが突然はじまりました。ミルクも放りだし、えいえんと泣き続ける声はすさまじく、とうとう私たち家族4人は住んでいたアパートを追い出されることになってしまったのでした。母は困ったことに私をおんぶして小さな兄の手をひいて、冬の寒空のなか不動産屋を見て回らなければならなくなった。まったく覚えのない私は面白い話だなあと思うのです。

 「そらのおっぱい」の赤ちゃんはおなかがすいて泣きわめくのですが、ぐびぐびと村中のお乳を吸いまくる。すごい生命力。ラストにはおっぱいがそらから「どーっ」とふってくるなんて、もう、最高。喜びです。

 改めて乳は偉大だなあと思うのです。赤ちゃんは生まれてからしばらくは乳のみでぐんぐん育つ。おなかが空いて、泣いて、乳を飲んで、ぐっすりすやすや寝て、またおなかが空いて泣いての小さなサイクルを日に何度も繰り返して育つ。ただそれだけなのに見ているほうは幸せないい気分。なんだかとても大きな輪、繋がりみたいなものを感じるのです。赤ちゃんが乳を飲む姿、好きだな。

 明日にでも東京にもそらからおっぱいふってこないかな。私も飲んでみたいです。

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ひょろのっぽくん
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かとうまふみ さく・え

せのたかさが、じまんの
ひょろのっぽくん!
だけど、いつまでたっても……。

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作=かとう まふみ(かとうまふみ)

1971年、福井県生まれ。北海道教育大学卒業。絵本作家、イラストレーター。作品に『ぎょうざのひ』『えんぴつのおすもう』(以上、偕成社)、『どんぐりしいちゃん』(教育画劇)、『のりののりこさん』(BL出版)、『とこちゃんのながぐつ』(学習研究社)、『たまごのおうさま』(ビリケン出版)、挿絵の仕事に『ぼくがふたり』(赤羽じゅんこ作 すずき出版)、『ソラマメの絵本』(木暮秩編 農文協)がある。趣味は、落ち葉集めと雑草観察、ゆび人形をつくること。(→かとうまふみホームページへ)

ムズムズ、パアーッ!

 北海道に住んでいると畑や牧場はとても身近な存在です。車で少し走れば、牛も馬もめずらしくはありません。タマネギ畑にジャガイモ畑にトウモロコシ畑などなど。

 大空の下、広い畑が作物ごとに色を変えてどこまでも広がっています。春から夏、そして短い秋にかけて植物たちは先を争うようにぐんぐん伸びて実を結び、太陽の季節を謳歌します。

 そして冬。雪が大地のすべてを真っ白に覆いつくします。約半年もの間、植物は雪の下で眠りにつきます。

 そしてまた春。雪解けの大地から植物たちが一斉に芽吹きます。まるでムズムズ、パアーッ! というかんじ。人間も動物も春を感じると植物たちと同様、ムズムズ、パアーッ! と活動的になってきます。

 雪に閉じ込められていた分、そのパアーッ! のエネルギーはもすごいのです。

 東京に出て来てしばらくは一年中植物があるのに違和感がありました。植物の種類も違うし、植物たちのもつ風情もなにか違う気がします。

 北海道から離れて改めて、あの大地のエネルギーを肌で感じて生活していたんだなぁと思います。

 「たべものえほん」をかくことになった時、北海道でおやつによく食べていたとうもろこしを思い出しました。そうそう、家で茹でてよく食べたし、とうもろこし畑もいっぱいあったな。そんな軽い気持ちでとうもろこしを選んだのですが、いざ調べてみると、私、とうもろこしの事を何も知らないのでした。

 こんなに昔から食べられているんだ、こんなにたくさんの種類があるんだ、食べ方にもずいぶんいろいろあるんだなぁ。

 ポップコーンが、他のコーンと別の爆裂種だということも知りませんでした。普通のトウモロコシを乾燥させて火にかければ、ポップコーンになると思っていたのです。オハズカシイ。

 私はあの広い広いとうもろこし畑を思い浮かべました。するとその中にたった一本爆裂種のとうもろこし(ポップコーン)がいて、こっちを見ているのです。「違うんだよ。ぼくは、違う種類なんだ」ポップ君はひょろりと長い丈をゆらして悲しそうに私を見つめました。

 そして「ひょろのっぽくん」のお話がぼんやりと浮かんできたのです。

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ほなまた
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こしだ ミカ さく・え

きのこのタネが、木とであって、
きのこがにょきにょき、はえてきた。
もりのなかで、まっているのは、
いったい、だれかな?

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作=こしだ ミカ(こしだみか)

1962年、大阪市生まれ。生きもののもつ、しぶとさやあっけなさ、おかしみ、哀しみをカタチにしたくて立体造形をつづけている。絵本に自作『アリのさんぽ』、小川未明・作『太陽とかわず』(ともに架空社)などがある。大阪の下町に住み、身近な生きものを観察している。好きな映画は何回も観る。好きな仏像には何度も会いに行く。川遊び、磯遊びが好き。(→こしだミカホームページへ)

山のきのこ

 小さい頃、ほだ木が家にありました。だれかに頂いたのでしょう。そこから、しいたけが次々生えるのが不思議でした。今もきのこ類は好きで、いろんな種類のきのこを食べますが、栽培されて売られてるきのこと、もともと山に生えている野生種のきのことは、頭の中では、つながってなかったと思います。

 今回、友人の紹介で樹木医の伊藤武さんに出会って、お話を聞いたり、きのこの生えてる林に連れていってもらったりするうち、きのこの存在は私のなかで、どんどんふくらんでゆきました。今まで、ぜんぜん気づかなかったけれど、海辺の松林の中にもびっくりするほど、いろんな種類のきのこが生えています。カタチも色も大きさもまちまちで「え? これもきのこ?」と思うようなのが、たくさんありました。いちばん驚いたのは、自然界の中できのこが果たしている役割です。きのこが枯れ木や葉っぱや虫の糞やらを分解してくれるから森は森として成り立っているというのです。もし世の中にきのこや菌類がなかったら、山は、あっという間に枯れ木や動物の死骸やらで埋まってしまうんですって! 「ちっちゃいのに、えらいなぁ」

 きのこに勝手に肩入れし始めた頃、京都府の林業試験場に伺いました。試験場の方々に案内してもらいながら、山の斜面や枯れ葉の下から顔を出すきのこを採りました。木の話、気候との関係、微妙な条件の積み重なり、里山と共に暮らしてきた人々の知恵、経験……お話を聞くうちに、「きのこは偶然そこに生えたんじゃなくて、山という生きもののひとつの表れなんだなぁ」と思えてきました。山の中に座っていると、かさこそと虫の這う音や鳥のさえずりが聞こえてきます。「あれ?」ふと、当り前のことに気がつきました。きのこが生えるのを待ってるのは、人間だけじゃない。虫や猿や猪……山の生きものたちが、きのこをおいしそうに食べる姿が浮かんできました。むがむが、ちゅうちゅう、はむはむはむ、音まで聞こえてきました。ぐぅぅぅぅ…これは私のお腹の音です。「なんかお腹すいたなぁ」山から帰ると早速、きのこを網で焼きました。香ばしい山のにおいが部屋中に広がりました。おいしそう! 「いっただきまーす」

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ビッグパーン!
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中谷靖彦 さく・え

ふたごのきょうだいの
ヨーヨーとネーネー
とっても おおきなパンを
つくることにしました 。

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作=中谷 靖彦(なかややすひこ)

1968年富山県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。オランダにてイラストを学び、帰国後、フリーのイラストレーターとして仕事を始める。第25回講談社絵本新人賞受賞。2004年に受賞作『ミーちゃんですョ!』を講談社より刊行。ほかに『カーネーションの絵本』(農文協)、『ビーちゃんのおさんぽ』(富山テレビ放送)、紙芝居『ゾウさんのおしごとなーに?』(教育画劇)などがある。

パンが食べたい!

 何十年ぶりにパンを作りました。その時のことです。

 「えいっ、えいっ、やーっ」と夢中になってパン生地を捏ねていたら、ずっと忘れていた記憶が突然よみがえってきたのです。それは小学生の頃の記憶でした。

 わが家の朝食は毎日、ごはんにお味噌汁と漬物、それに目玉焼きか焼き魚といった和風なゴハンに決まっていました。僕はそんな朝食に不満をもっていました。なぜなら、大きく切ったアツアツの食パンにバターやはちみつ、いちごジャム、チョコレートをたっぷりぬって、ホットミルクといっしょに食べたかったのです。ごはんが嫌いだったということではなく『朝食にパンを食べる』ということにあこがれていたのです。

 僕は何度も親に「パンが食べたいんだよー」とお願いをしましたが、そのたびに却下されました。その時に感じていたやるせない気持ちが、すっぱさと笑いをともなってあふれてきたのでした。

 いま思えば、どうしてそんなに熱い気持ちでパンのことを思っていたのか不思議で可笑しいのですが、その時はほんとうに真剣に考えていたのです。

 そうそう記憶といえば、発酵してふくらんだパンを焼いて、いいにおいが部屋いっぱいにひろがった時にも、パン屋さんでたくさんの菓子パンを前に、どれにしようかなかなか決められないでいた小さい頃の自分の姿が思い出されて、また、可笑しくなってしまいました。

 こんなふうに、ふだんはすっかり忘れてしまっているのに、ちょっとしたことがきっかけになって『子供の自分』がひょっこり顔を出すのって好きです。

 いろいろと気づかされることが多かったパン作りでしたが、いちばん感じたことは「もしかしたらパンという食べものの中には、ワクワクやドキドキがいっぱいつまっているのかもしれないなぁ」ということでした。しょっぱいパンも、あまいパンも、みんなおいしいし、子供も大人もみんな大好きだもんね!

 パンもふくらんで、心もふくらんで、おなかもふくらんだパン作り!

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