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第1集

トコロウとテンジロウぬ〜くぬくおたねさんぼくのひよこいもほりきょうだいホーリーとホーレ

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トコロウとテンジロウ
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天野 碧海 さく/山口 マオ え

でんぐさ兄弟のトコロウとテンジロウ。
ふたりのからだは、やがて
ひとつになりました。

作=天野 碧海(あまの あおみ)

天野碧海大阪府生まれ。子どものころからものまね師になる夢をもつ。毎晩くり広げられる布団の中での研究が功を奏し、好評を博す。が、ある日、おもなものまねが身近な人ばかりであることを指摘され、断念。あいまいな学生生活ののち、放送局AD・図書館職員・美術機関職員などをへて現在にいたる。現在は、その観察力を生かして文筆活動を展開。得意技は日々のくらしの中からおもしろいことを発見して文章化すること。趣味は、食をめぐる旅と動物観察。

 ある日わたしは正座して、器にもられたところてんにじっと向きあっていました。なかなか手がだせず、時間だけがすぎてゆきます。「よし!」思いきって箸でところてんをつついてみました。「うわ〜……やめろよぅ……」ところてんはいやがっているようにみえました。つついてくる箸の力に押され、ところてんはからだを少しゆがめます。箸をはなすとまた元にもどりました。

 不思議なヤツだなぁ……。きみ、もともと海藻だったのに。どうしてこんなふうに変われるわけ? 野菜やお米やお肉などとはぜんぜんちがう。海苔やわかめみたいな、おなじ海の仲間たちだって、なかなかこんなふうにはならないよ……。煮たり焼いたりしても、みんなけっこう、がんこに形が残っているものなんだけれどなぁ……。

 話しかけても、ところてんはしらんふり。くやしくなって、もういちど箸でつつくと、さっきほどいやがっているようにもみえませんでした。観念したのでしょうか。ほめられてうれしかったのでしょうか。あるいは、「またか。さぁ、好きなだけつつけよ」と開き直ったのでしょうか。

 じっとみているうちに、ところてんは『ところてん』になるまでにどんな気持ちになるのだろう、と思いました。想像し始めるとこんどは面白くてたまらなくなりました。

 生まれ育った海をでて、はじめてみる世界はおどろくことばかり。そればかりか、自分でも知らなかった自分がどんどん発見されてゆくのです。色白になった自分、溶けてゆく自分、そして……。なんとスリリングな人生!

 「きみはこれから人間の胃袋に入っていくのだよ」こんどは箸でつついたりせず、さっきよりもずっと顔を近づけて間近でみつめてみました。ところてんも負けじとこちらをみています。にやりと笑ってしまいました。こんなふうにきみの気持ちを想像している人のお腹に入るのは、きっと楽しいはずだよ、と。

 「そうだね。よぉし、行くか!」

 ところてんがいっているようにみえました。


絵=山口 マオ(やまぐち まお)

山口マオ千葉県千倉生まれ。7年間にわたる美術の学生生活ののち、アルバイト+バンド活動をへて、イラストレーターになる。マオ猫やわにわにを中心としたイラストが人気を博す。絵本に『わにわにのおふろ』『わにわにのごちそう』(福音館書店)、『ふくろうのそめものや』『なりました』(すずき出版)、『ソーセージの絵本』(農文協)ほかがある。絵を描くときは、そのキャラクターになりきって描いているらしい。趣味は、薩摩琵琶と散歩、人間観察。千倉にオリジナル ギャラリー ショップ海猫堂がある。

 ボクは、南房総の千倉というところに住んでいて、まわりは、ずっと太平洋が広がっている。そのため、むかしから海女さんたちがサザエやアワビ、そしてテングサ漁もしていた。いまも、「テングサ海女」という呼び名の海女さんたちが存在し、背のつく深さから、2〜3メートルの深さのところで、もしゃもしゃと、テングサを手でつんでは、網に入れるテングサ漁がつづけられている。

 そのため、小さいころから、良質のテングサからつくったトコロテンを食べる機会は多かった。なにがちがうかというと、磯の風味が強いことと、コシというか、かたさや歯ごたえ、のどごしが、しっかりしている点だ。最近は、トコロテンの栄養成分がたいへんからだによいと、ダイエットや健康ブームの中で、品薄になるほど、大人気のようだ。

 ボクは、「あの赤い海藻テングサが、寒天になるんだよ……」ということは、小さいころから聞かされてきたのだけれど、「どうしてアレが寒天になるのか?」ということは、どうにも不思議で、あの赤い海藻テングサには、ほかの海藻たちにはない不思議な思い入れを持っていた。こんな風に絵本を描くことになるとは思いもよらなかったけれど……。
 ところで、夏のテングサ漁のシーズンには、想像もつかないような情景が出現する。テングサを干すための砂地の乾燥場が海辺にあるものの、そこだけでは、まかないきれず、道路脇のアスファルトで舗装された空き地や、ときには歩道にまで、テンジロウやトコロウたちがならべられ、干されるのだ。人間たちは、そのときばかりは、彼らを踏まないように避けて通る。なんだか、アジアな光景だなぁと思いながらみていると、だれひとり怒る人もいない。

 また、ふつうの砂浜や岩場の磯に、打ち上げられたテングサが自然に干されて漂白されていく過程や、使用前使用後のものを目にすることも珍しくはない。それにしても、いったい、どこのだれが、漂白されたテングサを煮たら、あんな風に寒天やトコロテンになることを発見したのだろう

 世紀の大発見としか思えないのである。

 なにはともあれ、カンエモンさんのいうように、きれいな海と、空と、そしてトコロウとテンジロウが永遠であることを願ってやみません。

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ぬーくぬく
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飯野 和好 さく/山本 孝 え

お寺の陽だまりで、干しいもと干しだいこんが
ひなたぼっこをしながら
ぬ〜くぬくばなし!

作=飯野 和好(いいの かずよし)

飯野和好1947年、埼玉県秩父生まれ。長沢セツ・モードセミナーで、イラストレーションを学ぶ。絵本に『わんぱくえほん』(偕成社)、『くろずみ小太郎旅日記』(クレヨンハウス)、『むかでのいしゃむかえ』(福音館)、『桃子』(旬報社)、『ヤギの絵本』『シイタケの絵本』(農文協)など。『小さな山神スズナ姫』(偕成社)で、第11回赤い鳥さし絵賞受賞。『ねぎぼうずのあさたろう その1』(福音館)で、第49回小学館児童出版文化賞受賞。旅がらす・あさたろうの姿で全国をめぐりつつ、読み語りをつづけている。また夜は、バンドSLEEPY & IINOのブルースハープ奏者としてライブハウスに出演、こちらのファンも多い。

 縁側は、こどもの私にとっては、遊び場であり、日向ぼっこの場であり、また夜には暗くて、ちょっと恐い戸締まりの手伝いの場であった。

 農家の我が生家のむかしの暮らし。じつに我が人生の黄金時代と思っている頃である。山間に三軒の集落。まったく自然の暮らし、チョンマゲこそつけてないけれど、日本昔ばなしの世界だ。現在、農具民俗資料館に収められている農具という農具はすべて、当時、大切に使っていて、昭和30年代半ばすぎ、我が家に赤い小さなトラクターや荒縄製造器が来るまで、田んぼには牛が活躍し、米や麦の脱穀はもとよりすべて、手足を使った素朴な農具で、毎日毎日、祖父や両親はよく働いていた。

 半酪半農、牛や豚、鶏、山羊、羊、羊は毎日毛糸屋さんが毛を刈りにきて、家族の着るだいじなウールを生産し、エライものであった。山を切り開き、段々畑をつくり、作物をつくる。なんでもつくっていた。

 自給自足の生活。下の村へ行って、物々交換。いいぐあいにコミュニティは循環していた。里山は美しかった。沢の水は美味しかった。私は山間に差す貴重な陽を、その暖かな陽を縁側で浴びながら、ゴロンと横になり、とくに母親がずらりと布団を干すときに、その上にゴロゴロするのが大好きであった。ラジオからは、歌のおばさんの番組が流れ、猫をかまいながらそうしていると、ああ、ずっとこのまま時が動かずいられたらと思ったものだ。

 その大好きな縁側にもうひとつ暮らしに大切な野菜を干し、貴重な保存食とする作業があった。軒にずらりと大根や柿、そして縁側に敷いたむしろの上に、一面にふかしたさつまいもをスライスしたのを干すのである。

 それを眺めるとき、こども心にも、なにか、心豊かな気持ちになったものだ。大きな大きな安心感とでもいうか、作物、食料、一年四季折々、一生懸命働く親たちへの安心感とが、こども心に大きく暖かく残っているのである。


え=山本 孝(やまもと たかし)

山本孝 1972年、愛媛県松山市に生まれる。大阪デザイナー専門学校編集デザインコース絵本科卒。「あとさき塾」「メリーゴーランド絵本塾」で絵本を学ぶ。平成うわさの怪談シリーズ(岩崎書店)、『十二支のおはなし』『わたしのおひなさま』ほか内田麟太郎作の行事絵本シリーズ(岩崎書店)、安房直子作『雪窓』(偕成社)の絵を担当。作・絵の絵本に『ちゃんがら町』(岩崎書店)、『むしプロ』(教育画劇)がある。趣味は散歩すること。そして、知らない路地に入りこむこと。あの、初めての感じ、そしてドキドキする感じがたまらんのです……ハイ……。

  「えっ!?」最初に、この絵本の仕事を依頼されたときの率直な感想でした。理由はふたつ。

 ひとつめは、この絵本の作者が「飯野和好さん」ということ。飯野さんといえば、僕にとって憧れの絵本作家であり、偉大なる先輩であり、恩師であり、とにかくすごい人なのです。

 「そんな人といっしょに仕事をするなんて」

 とてつもないプレッシャーに押しつぶされそうな僕は、遠のく意識のなかで「やっ、やるしかない……」と、呪文のように呟いたのでした。

 ふたつめは、この絵本の主人公が「干しだいこんと、干しいも」だということ。そのふたり(?)が縁側で、のんびりと話を始める……。しかもその舞台はお寺。僕にとって「干しだいこんと干しいも」づくりは、原体験にない世界。そして「お寺」もまた、未知なる場所。

 この日を境に怒濤の取材がはじまりました。

 まずは、現代の利器パソコンで検索。でも所詮パソコンは、知識としての情報しか手に入りません。そこで実物を探すために近辺を散策。幸いいま住んでいる場所は、まだまだ自然も豊かで、田畑も多い土地柄。さっそく近所の居酒屋の前に、無造作に干された干しだいこんを発見しました。さらに近くの町で、干しいも屋さんも発見。のこるはお寺か……。

 ざんねんながらお寺さんには知り合いがいませんでした。そこで編集部に相談して、どこかよさそうな古寺を探してもらうことにしました。

 編集部がセッティングしてくれたのは、なんと絵本作家の菊池日出夫さんの地元のお寺。菊池さんは、原風景である農村とそこに遊ぶ子どもたちの世界を描いた作品で知られる作家です。その菊池さんの案内で、いくつかの古寺をみてまわりました。そして、とちゅう、アポなしで立ち寄った古寺では親切な大黒さまが、庫裏や中庭をみせてくださったのです。そこには、まさにイメージにぴったりの縁側が……。

 こうして、いろいろな方に助けられて、絵が完成しました。

 原体験というものは、きっと、こうしておとなになってからも、つくられていくものなのでしょうね

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おたねさん
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竹内 通雅 さく・え

しぜんの畑は、みんなの畑
パワフルな土のちからと
ふしぎがいっぱい!

作=竹内 通雅(たけうち つーが)

竹内通雅1957年長野市生まれ。第3回ザ・チョイス年度賞大賞。絵本『ぶきゃ ぶきゃ ぶー』『へいき へいき』(講談社)、『森のアパート』(ビリケン出版)、『たこたこふうせん』『だまちゃん』『たこたこふうせん とまとまと』(架空社)、『だめだめ、おさるのサルサ』(教育画劇)、『どんどん しっぽ』(あかね書房)、『うしさん おっぱい しぼりましょ』(ポプラ社)、『ラムチャプッチャ』(学研)、『アイガモの絵本』『もちの絵本』『火と炭の絵本 火おこし編』『火と炭の絵本 炭焼き編』(農文協)ほか。自称ミュージシャン。ジプシーギターをかついで旅から旅へ。ブラボー・ツーガミュージック・ツーガスタイル!(→竹内通雅blogへ)

 「おたねさん」ってなんだろう? 人の名前かな? それとも種子のことかな? 実は僕にもよくわかんない。自分で考えたのにね。だけど絵本にしてみると、なんかちょっとだけわかったような気になりました。「えー、それじゃあ困ります。答えがないと困るんです」なんて言われても、僕が困ります。だって絵本は答えがないほうが面白いでしょ! でも、ちょっとだけわかった僕の「おたねさん」のことを書いてみようかな。

 僕の仕事部屋には「パキラ」という観葉植物の鉢植えがあるんだよ。12年前に友人からもらいました。春になると黄緑色の新しい葉っぱが少しずつ出始めてきます。そして梅雨が過ぎた頃になると、さらに新しい葉っぱがぐんぐんと伸びてきます。すごいねー、春の新芽が真夏には長さ40センチぐらいの大きな葉っぱに成長しちゃうんだ。そうして10月の終わりくらいまでには、たくさんの新しい葉っぱがつぎつぎと繁ります。そうしたようすを毎日見ながら、僕は「パキラ」から生命力というキョーレツな「勇気」をもらうんだ。「おおー、オレだって生きていけるじゃーん」ってね。

 それと同じようなことを子供時代に体験したなあって思い出したんだ。僕の生まれた家には「おたねさんのはたけ」そっくりに、まわりをぐるっと田んぼで囲まれた畑があったんだよ。母がその畑を慈しむように耕し育むおかげで、毎年僕はたくさんのおいしい野菜や果物をいただくことができました。僕はその「畑」からやはり生命力というキョーレツな「勇気」をもらっていたような気がします。大地や植物とそこに集い棲まう昆虫や小動物たちの凄まじいほどの濃密なパワーやエネルギーの交換と交歓! それらを季節の移り変わりとともに廻ることで、自分の「おたねさん」がちょっとだけわかったような気がするんだよねえ……。

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ぼくのひよこ
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高部 晴市 さく・え

夜店で買った、あやしいひよこ
おじさんは、どんな呪文を
かけたのかな?

作=高部晴市(たかべ せいいち)

高部晴市1950年生まれ。東京デザインアカデミー卒業。JACA展銅賞など。書籍、雑誌表紙、広告のイラストレーション。漫画雑誌『ガロ』などに作品を発表後、馬糞紙に多色刷ガリ版という独自の技法で、高部ワールドを展開。絵本に『きんぎょのおつかい』『サーカス』『コドモノカガク』(以上、架空社)、『きんぎょのうんどうかい』(フレーベル館)、『うちのとうちゃん うちのねこ』(岩崎書店)、『とこやへいこう』(鈴木出版)、『キュウリの絵本』『キクの絵本』『ミツバチの絵本』『とうふの絵本』『しょうゆの絵本』(以上、農文協)。『やまのじぞうさん』(架空社)で、2001年スロバキア、ブラティスラヴァ世界絵本原画展「金のリンゴ賞」受賞。地元で子どもたちといっしょに、ソフトボールにドッジボールにと、きょうも汗を流す。

 あたしは、東京の下谷竹町という、上野と浅草の間にある下町で育ったわけ。町はいつもワッショイ、ワッショイお祭りみたいなところで、夏には下谷神社の大祭があって、あたしら子どもは、神輿を担いだもんです。神輿を担いだあとは、夜店に群がって、あたしなんかは食い気ばかり。でも、あるとき夜店の端っこでひよこを売っている青白い顔したチョッとブキミなおじさんがひよこの飼い方なんてガリ版刷りの説明書をくばってるわけよ。あたし、そのひよこ見ているうちに、つい買ってしまったんですよ。家にもって帰ったら、「おまえ、そんなの、すぐ死んじゃうよ」なんて兄ちゃんたちにいわれましたよ。でも、説明書みながら箱の中に電球つけて温めたり、綿を敷いてやったりしたんだけれど、次の日あっさり死んじゃった。『ぼくのひよこ』のおじさんみたいにおまじないかけてほしかった!

 小学校も高学年になると、なぜか飼育係やってたのよね。あたしらは、朝早くから八百屋でキャベツなどの菜っぱ類、豆腐屋でおからをもらってきてエサにし、それと土曜日には米屋でワラをもらって、小屋のそうじのあとに、それを敷くわけよ。ニワトリ、ウサギ、モルモットも飼ってました。ある土曜日に小屋をそうじするためにニワトリたちを外へ出していたら、そこへ、のら猫やってきて、いまにもニワトリたちを襲いそう。あたしら追いかけてとっちめてやりましたね。それとニワトリ、卵を産むと飼育係が順番に1個もらえるという特典があったのよ。だから飼育係やったのかなぁ?

 それからニワトリの思い出といえば、あたしが中学生のときに近所の公園へ友だちと遊びにいったら、なぜか捨てられたニワトリがいたわけよ。あたしらニワトリを棒でつっついてからかっちゃったら、ニワトリ怒った、怒った。トサカをグイッとあげて羽根なんかおっぴろげて、タッタッタッタッと、それはすごいスピードであたしら追いかけてくるわけ。あのするどいクチバシでつっつかれたら、これはたいへん。もうみんな必死で逃げました。まぁ、こんな体験があったから、この絵本『ぼくのひよこ』が、生まれたのかもしれない。「うん、生まれたんだ!」

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いもほりきょうだい ホーリーとホーレ
  いもほりきょうだい 
ホーリーとホーレ
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石井 聖岳 さく・え

山から山へ ホーリーとホーレ
きょうも、でこぼこ
いもほりだ!

作=石井 聖岳(いしい きよたか)

石井 聖岳1976年生まれ。1997年名古屋造形芸術短期大学卒業。メキシコ・オアハカ州 ルフィーノタマヨ版画工房にて個展。学童保育でアルバイトをしながら、三重県の絵本専門店「メリーゴーランド」の絵本塾に通い、絵本作家になる。絵本に『つれたつれた』(解放出版)、『おもしろからだことば頭編』(草土文化)、『ヤドカシ不動産』(講談社)、『電信柱と妙な男』(架空社)、『ぷかぷか』(ゴブリン書房)、『アイスクリームの絵本』『タケの絵本』(農文協)ほか。自転車で東京から箱根まで旅行したり、佐渡島を一周してみたり、自転車に乗って遠くまでいくのが趣味。

 「掘る」って、なぜか楽しい。

 自分の身体を使って、ふだん見ることのできない世界を、なにがでてくるのかなあと想像しながら、えっちらおっちら掘っていく。そんな掘るという体験の中でとくに面白かったのが山登りが好きな両親に連れられて行った山芋掘りでした。

 山芋を掘り出すには、まず山芋の葉っぱを見つけることから始まります。なんだか宝探しのようです。

 細長いハートのような形の葉っぱだと父は言うのですが、似たような葉っぱもたくさんあってよ〜く観察しないとまちがえてしまいそうです。

 たとえ山芋を見つけたとしても、ただ力まかせに掘るだけではダメなのです。山芋がぽきっと折れてしまうからです。しかも長さは子どもの背よりも高いときもあります。

 どれだけ深い穴を掘るのか、想像しただけでわくわくしてきます。

 父が山芋の葉っぱを見つけ、いわれた場所を掘っていくと、ほんとうに山芋がでてきました。

 さっそくみんなで地面を掘っていきます。

 落ち葉をどけると虫がいました。土だって学校の砂場の土とも畑の土とも感じがちがいます。なんだかいろんなものが混じっていて、湿っぽくてぷあ〜んと土の匂いがします。

 木の根っこがでてきたり、石もでてきます。

 それでも山芋はまだまだ下に伸びています。

 小学校の砂場みたいに一番下がコンクリートになっていてそれ以上掘れないなんてこともありません。

 もし空が見えなくなるぐらい掘ったら、どうなっちゃうんだろう?

 なんてことを考えると、ちょっと恐くなります。

 山芋は下にいくほど太くなっていました。スコップで傷つけたり折ってしまったりしないように気をつけて掘っていくと、やっとぜんぶ掘ることができました。とっても太くて長い山芋でした。

 気がつくと僕は洋服もズボンも、泥まみれでした。

 車の中で靴下を脱いだら土と砂がいっぱい出てきました。母が
「ぎゃあー外で脱いで!」
と叫んだのが、なぜだか面白くて僕は何回も笑ってしまいました

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